太田述正コラム#0299(2004.3.25)
<台湾の総統選挙(続x3)>
5 連戦陣営による異議
この選挙結果に対し、連戦陣営は異議を唱えているわけですが、その異議の内容は、その後三つも増えて5項目にわたっています(下掲)。
ア 投票日前日の銃撃事件は同情票をねらった陳水扁陣営による自作自演の疑いがあり、その究明がなされないまま投票が行われたので選挙は無効であり、再投票が行われるべきだ。
イ 陳水扁陣営と連戦陣営の差は投票総数1,290万票に対し、わずか3万票に過ぎないので、票の再計算が行われるべきだ。
ウ 31万票もの無効票は、過去二回の総統選挙に比べて異常に多いので、票の再計算が行われるべきだ。
エ 銃撃事件の後、政府は高度の警戒態勢をとったため、20万人もの兵士が投票することができなかった。よって選挙は無効であり、これら兵士にも投票させる形の再投票が行われるべきだ。
オ 投票所の運営がずさんで票の計算の際不正が行われた。よって選挙は無効であり、再投票が行われるべきだ。
お気づきだと思いますが、再計算は選挙が有効であったことを前提にしており、その一方で選挙の無効を主張するのは矛盾です。
個別的には、
アについては、陳水扁総統が銃撃の結果死亡した場合は選挙が中止になることになっていますが、けがをしただけなので、投票を実施したことに問題はありません。
ウについては、無効票が多かった理由について、既にご説明しました。
エについては、投票できなかった兵士の数が過大であるのみならず、仮に選挙が無効になったとしても、再投票の際には、最初の投票時の有権者だけが投票を許されることになっているので、意味のないクレームであるとしか言いようがありません。
イとオについては、これは完全ないいがかりだと承知の上で提起しているクレームであることは明白です。というのは、前に説明したような投票方法であって、投票者が自分で何か書くのではなく、投票所にある判を押すだけなので、紛れる余地が殆どないだけでなく、投票所の事務を行うのは公務員と助っ人の教員であり、いずれも国民党系の人々が多いこと、陳水扁、連戦両陣営の立会人が目を光らせていること、から、投票所で計算ミスが生じたり、不正が行われたりする余地などないからです(前掲Laurence Eyton記者の記事4)。
(以上、特に断ってない限り、http://www.atimes.com/atimes/China/FC24Ad04.html(3月24日アクセス):Laurence Eyton記者の記事5、による。)
さて、連戦陣営は、裁判所に対して選挙無効の申し立てを行うとともに、陳水扁総統に対し総統権限で票の再計算をするよう要求しています。
これに対し、所轄の高等民事裁判所は、連戦陣営による選挙無効の申し立てについて、投票結果が確定する前に提起されたという形式的理由で却下しました。
また、陳水扁陣営は、総統選挙で一位と二位の得票率が1%以内の時は、自動的に再計算するとの法律改正案を立法院に提出し、今回の選挙に遡及適用することで、この問題の決着をつけようとしており、現在、立法院において審議中です。
(以上、http://www.tokyo-np.co.jp/00/kok/20040325/mng_____kok_____000.shtml(3月25日アクセス)による。)
6 感想
総統選後、台湾は混乱の中にあります。
私は、台湾の現在の混乱は、いまだにかつてのファシスト政党たる古い殻を完全には脱ぎ捨てられていない国民党を支持する人々が、最終的かつ抜本的な意識改革を迫られ、取り乱しているが故の混乱であると見ています。
韓国と台湾はどちらも日本の旧植民地であり、成熟した議会制民主主義国となっていた日本の薫陶をその当時に受けていたからこそ、戦後の経済発展の土台の上に、この10年来、議会制民主主義を確立することができました。
しかし、議会制民主主義の成熟化というゴールを目前にして、韓国はこのところ足踏み状態にあります。(退行状態にある、と言ってもいいかもしれません。)これに対し、台湾の議会制民主主義は、今回の総統選挙後の混乱を経て、成熟化するであろうと私は楽観視しています。
台湾には韓国におけるような、中国に対する事大主義が(国民党を支持する人々においてさえ既に)見られないこと、反米主義が見られないこと、反日的意識が見られないこと、そしてこれが一番重要なことなのですが、台湾の人々が韓国の人々に比べてはるかにまっとうな歴史観を持っているように見えること、がその根拠です。
(完)
<読者>
>お気づきだと思いますが、再計算は選挙が有効であったことを前提にしており、その一方で選挙の無効を主張するのは矛盾です。(コラム#299)
これは矛盾ではありません。まず大前提として「選挙無効」を主張し、仮に選挙無効の主張が退けられたとしても、「再計算」を主張するというわけです。
たとえて言うならば、刑事裁判で、「無罪」を主張するが、無罪の主張が退けられた場合に備えて、「量刑不当」も同時に主張するようなものです。何も矛盾ではありません。
>この銃撃事件を誰が仕組んだかについては、自作自演説が成り立ち得ないことだけは(命中精度の悪い手製銃による腹部の狙撃は危険すぎることから)はっきりしていますが、・・(コラム#299)
確かに、道路上で狙撃されたというのが事実であるなら、自作自演は危険すぎるのでまずありえないでしょう。
しかし、道路上で狙撃されたという確実な証拠があるのでしょうか。
病院に駆け込んでから、至近距離から狙撃して銃創を作ったという可能性はありえないでしょうか。適当な物(たえとえば布団や枕)を貫通して威力を弱めれば、弾がそれてもまず致命傷はありえないので可能だと思います。私は銃のことを知らないので間違いであれば指摘してください。
<太田>
>たとえて言うならば、刑事裁判で、「無罪」を主張するが、無罪の主張が退けられた場合に備えて、「量刑不当」も同時に主張するようなものです。何も矛盾ではありません。
揚げ足をとるようですが、「量刑不当」は、判決があって初めて主張できるのであり、あらかじめ主張することは不可能です。
それはともかく、「選挙の無効」の主張(A)、及び「選挙は有効だが再集計」の主張(B)を同時に提起するのであれば、投稿子ご指摘のように、A、仮にAが認められない場合にはB、という提起の仕方をしなければならないというのに、AとBを並列的に提起し(、しかも、A、Bそれぞれの理由付けについても、無整理にありとあらゆることを思いつくままに挙げ)ていることをとらえて「矛盾」と表現したものです。連戦陣営の慌てふためきぶり、ないし法意識の未熟さを痛切に感じます。
>病院に駆け込んでから、至近距離から狙撃して銃創を作ったという可能性はありえないでしょうか。適当な物(たえとえば布団や枕)を貫通して威力を弱めれば、弾がそれてもまず致命傷はありえないので可能だと思います。
大変興味深いご指摘ですが、あらかじめ傷を負ってから遊説するのは陳水扁氏と副総統のお二人にとってきつすぎやしませんか。となると、遊説を中止して病院内で傷をつくり、それから手術(ビデオ撮影されている)に臨んだことになりますが、関係者が多くなりすぎて到底秘密が守れるとも思えません。
なお、布団や枕を貫通させてから命中させるとなれば、弾道がずれる可能性があり、むしろ危険ではないでしょうか。