太田述正コラム#0304(2004.3.30)
<米国とは何か(その1)>

1 発育不全のアングロサクソン

(1)18世紀的政治
ア 政治制度
 米国の政治制度は18世紀に英国から独立し、憲法が制定された時のままであり、現存する世界最古のアナクロ的政治制度であると言っても過言ではありません。

 第一に完全な三権分立制です。
 米国の行政府と議会との対立は、お馴染みの風景です。なにせ、議会は宣戦布告権や行政府での政治的任命ポストの承認権を握っており、(予算承認権や法律制定権のほか)予算編成権や法律起案権も握っているのですから、大統領率いる行政府は、議院内閣制をとる母国英国の行政府に比べて非常に弱体です。
 もっとも現在は、共和党の大統領に対し、上下両院とも共和党が多数を占めており、行政府と議会は例外的に蜜月関係にあります(注1)。

(注1)しかし、だからこそというべきか、ブッシュ政権では対外政策に関して、再選対策に最大の関心があるホワイトハウス、ハト派のパウエル長官が率いるmultilateralistの巣窟の国務省、ネオコン志向のラムズフェルト長官達シビリアンが率いる戦争嫌いの制服の巣窟というねじれた国防省、と三つ(四つ?)の主要プレヤーがそれぞれてんでんばらばらで好きなことをやっている、という状況です(Patrick McCarthy の論考(Survival, Vol46#1Spring2004, PP162)。なお、第二以下を参照)。

 また、ニューディールの頃のように、最高裁と行政・立法府が激しく対立する時代もあったことはご存じでしょうね。

 第二に大統領直接選挙制です。
 国家元首を人気投票で選ぶ、という制度の危なっかしさは、どこにでもいるフツーの市民たるカーターや映画俳優以上でも以下でもないレーガンのような人間が選ばれたことが示しています。(これは、典拠は失念しましたが、故フルブライト上院議員の指摘です。だからどうした、という反論は可能ですし、そもそもカーターやレーガンは立派な大統領だった、という意見もあるでしょう。)

 第三に、このような大統領の下での素人行政です。
 外交官と軍人についてこそ、幹部候補生(キャリア)制度が機能していますが、これら以外の分野では、公務員の給与が安いこともあって、優秀な学生が生涯の仕事として行政官を選ぶようなことはまずありません。
 しかも、各省の、日本で言えば指定職以上のポストはことごとく大統領による政治任命であり、大統領が替われば、ほぼ総員入れ替えになってしまいます。
 いくら政治任命された人々はおおむね大変優秀であるとはいえ、これでは行政の専門性、継続性は担保できません。

 第四に、連邦制です。
 交通・通信手段が発達していなかった18世紀ならいざ知らず、人種構成に決定的な差があるわけでもないのに米国が50もの州に分かれ、異なった民法や刑法が適用されているという状況はばかげています。
 しかも各州は、対外政策等の領域を除き、強大な権限を付与されています。

 以上をまとめれば、米国の18世紀的政治制度は、統一的国家意思形成が困難で、かつ長期的視点に立った政治・行政が行われにくいという深刻な問題を抱えているわけです。
 にもかからわず、これまで米国が戦争に敗れて占領されたり国家が破産したり、といった憂き目を見ていないことこそ、奇跡というべきなのです。

 (以上、自衛隊の週間機関紙「朝雲」(1991年7月4日)掲載の私のエッセーによった。)

(続く)