太田述正コラム#7532(2015.3.9)
<「個人」の起源(その2)>(2015.6.24公開)
果たして、リベラルな世俗主義がキリスト教圏の欧米で<のみ>発展したことは単なる偶然だったのだろうか。・・・
彼は、一世代前には誰も異論を差し挟まなかったけれど、現在では議論が出てくるに至ったところの、領域において発掘作業を行う。
彼は、リベラリズムという近代的概念の主要な源泉はキリスト教に由来する、と指摘する。・・・
この本の終わり頃に、彼は、それでもって、欧米が悩まされているところの、忘れっぽさ、無知、そして、時に、我々の過去に対する憎しみ、が、既にひどい諸帰結をもたらしている。
彼は、欧米における世俗的なリベラリズムが<キリスト教と>手に手を取った枢要である伝統について無知であるところの次第に伸長しつつあるところの福音主義的伝統を米国で見出す。
話は変わって、欧州では、我々がそれに由来するところの宗教的伝統に対していかなる<正の>意義も認めない、という思想の系譜が存在する。
<とにかく、今は、>「欧米史における、奇妙にして心穏やかならざる瞬間」である、と彼は正しくも喝破する。」(C)
(2)前史
「彼は、古代のギリシャとローマから<話を>始める。
そこでは、理性(reason)の能力(faculty)は、統治している選良・・つまり、都市国家における特定の階級の男性達を意味・・においてのみ見出された。
もしあなたが、女性、商人、或いは、奴隷であれば、あなた方が自分の諸脳をまともに使うことができる場合といえば、それぞれ、噂話、商業上の計算、そして、思考停止した服従、<のため>が全てだ<った>。」(A)
「彼は、古代世界においては、社会の全成員達の平等な地位という感覚は存在しなかった、という観念から<話を>始める。
ローマの家長(paterfamilias)<(注3)>は、単なる、家族の象徴的な長ではなく、より若年の男と女の成員達に対する完全なコントロールを行使する支配者(ruler)だった、と。」(B)
(注3)古代ローマにおいて、自分、及び、扶養家族達(dependents)・・自分の妻と子供達、その他の(血縁の、ないし、養子たる)親戚達、扈従達(clients)、解放奴隷達(freedmen)、奴隷達・・からなる拡大家族において、扶養家族達の生殺与奪の権利を持つとともに、この拡大家族の全財産の所有権を持つ存在。拡大家族における最高齢の男性。なお、生殺与奪の権利の行使は例外的にしかなされなかったところ、やがて、法律によって、その行使が制限されることとなった。
http://en.wikipedia.org/wiki/Pater_familias
「サイデントップの再読によれば、古代は、近代の思想家達の多くが時代錯誤的に描写したような、世俗的で寛容で自由な失われた地、などではなかった。
そうではなく、それは、家族、家長、氏族(clan)、都市、そして帝国指導者、といった、考えうるあらゆる単位が、それぞれ宗教の観念と言語に満た(suffuse)されたところの、世界だったのだ。
その結果、個人は、それらの諸制度(institutions)によって完全に規定(define)され、それらの外ではいかなる現実的実存も有さなかった。
例えば、法や財産のような、非人間的諸様相ですら、宗教的レンズを通して考えられた。
パイデイア(paideia)<(注4)>とピエタス(pietas)<(注5)>は三位一体的に同じ(consubstantial)である、との観念がその知的世界に注入されていたのだ。
(注4)「ギリシャ思想の根底に流れ、のちキリスト教に受け継がれた教育理念。本性(個性)を覚醒させ、本来の方向に向けかえ、真の認識に慣らす過程。転じて、広く教育、教養をいう。」
http://www.weblio.jp/content/%E3%83%91%E3%82%A4%E3%83%87%E3%82%A4%E3%82%A2
(注5)義務、宗教性、宗教的ふるまい、忠誠、献身、或いは、孝行。
http://en.wikipedia.org/wiki/Pietas
(注6)実体(substance)或いは本質(essence)において、三位一体(Trinity)の3つの諸格(persons)のように同じとみなされた、という意味の形容詞。
http://ejje.weblio.jp/content/consubstantial
理性は、道徳性と社会的階統制を指揮していた道具だった。
自由は無であり、レス・プブリカ(res publica)<(注7)>が全てだったのだ。」(F)
(注7)「単一の政府の下に政治的に組織された人々の」統一体(body)。
http://ejje.weblio.jp/content/res+publica
(続く)
「個人」の起源(その2)
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