太田述正コラム#7578(2015.4.1)
<私の現在の事情(続x58)(その2)>(2015.7.17公開)
まず、殆んど同じ形の眼鏡を同店でなら作れることが分かり、うれしくなりました。
他方、汗が出たのは、目の前で女性の店員が眼鏡を3つとも洗ってくれたところ、みーんな曇りが完全にとれてしまったことでした。
二番目の眼鏡は、曇りが完全にとれたせいもあり、レンズに付いた傷がいささか気になり出したとはいえ、これじゃ、主観的には新しい眼鏡を買う必要が全くなくなってしまいました。
それでも、せっかく来たのだがら、と検眼してもらうことにしました。
その結果、思いがけないことを言われました。
矯正視力が左目は1.0になるが右目はそこまで行かない。
眼鏡を作れと言うのなら作るが、眼医者に行ってその原因を解明してから出直してきた方がよい、と。
また、一日中パソコン画面を見ているのだとすれば、いずれにせよ、パソコン専用の眼鏡を作った方がいいかもしれない、と。
そこで、同店を後にしたのですが、件の女性の店員が追いかけてきて、検眼中に、最初の眼鏡の(鼻あての)パッドが破損していたので取り換えておきました、とのこと。
お支払いは?と聞いたら、そんなもの結構です、と。
こういうわけで、ニキョーからの帰りに、自宅から一番近い、(少し前に場所を調べてあった)眼科に飛び込みました。
平日は18:00までの受付で、私がその日の一番最後の「患者」でした。
検眼/診察の結果のご託宣は、両目とも、将来とも手術の必要が生じないであろうと考えられる軽度の白内障、それにドライアイなので、それぞれのための目薬を2種類処方する、というもの。
(誰でも40歳を過ぎた頃から白内障の進行が始まるが、水晶体の端が白内障になっても視力に影響は与えないので、処方したような白内障進行遅延目薬を40過ぎの人全員が使用する必要はない、との説明あり。)
「矯正視力が、(白内障が視力に影響を与えている)右目の方が(そうではない)左目より悪いが、その差は微々たるもの・・矯正すると左目は1.2になるが、右目は(昔風の言い方をすれば)検眼用紙の1.2の行の半分しか見えない・・だが、念のため右目に眼底出血がないか確認する。本日は遅いので、明日、瞳孔を開く措置をして改めて検査する」、とのこと。
さっそく、外の薬局に寄って目薬をもらいました。
半世紀前に、私の母親の親友の眼科医(女性)から、あらゆる目薬は毒だと考えるべきなのであって、よほどのことがない限り目を水で洗うだけにした方がよい、と聞かされていたのですが、それから半世紀も経っているのだから、さすがに今はそんなこともなかろう、と自分に言い聞かせ、処方通り、5時間ごとに目薬をさし始めました。
生涯、使用を続けなければならない薬が、降圧剤だけでなくなってしまった、という感慨に耽りつつ・・。
こういうわけで、昨日の午後、再びこの眼医を訪問し、眼鏡用の処方箋をもらいました。
ニキョーでは、面白いことに、処方箋をもらってこないで欲しいと言われており、そのことを伝えたのですが、客の特殊なニーズに応えたい時にそういうことを言う眼鏡店は確かにあるけれど、それはそれとして、処方箋料が別途かかるわけでなし、データとして取っておけばいいではないか、(見せたら、眼鏡店は処方箋通りに眼鏡を作る法的義務を負うが、)眼鏡店には処方箋を見せなければよい、いずれにせよ、処方箋の有効期間は1か月でしかない、と聞き入れてもらえませんでした。
その足で、この眼医者が「提携」していて処方箋を見せれば眼鏡が1割引きになるというふれこみの、すぐそばにある眼鏡店を冷やかしたのですが、時計店・宝石店兼業で店主が一人だけいて、客はゼロであり、早々に退散しました。
帰宅してから、処方箋を見たら、何とその裏(表?)がこの眼鏡・時計・宝石店のチラシでした。
紙代をそこまで節約したかったのか、それって癒着そのものでは? といささか鼻白みましたね。
この眼科、検眼する人と、医師がタッグであたり、とりわけ検眼する人が懇切丁寧に説明をしてくれたことに好感を持っていただけに、ほんのちょっとですが、がっかりしました。
ここまでの状況を踏まえて、昨日の最後の文章を書いたわけですが、それどころの話ではありませんでした。
本日午後、再度、ニキョーを訪れた結果は、中共人民が日本を初訪問した時に勝るとも劣らない驚きだったからです。
一昨日に検眼してくれた人は本日はおらず、別の人・・最後に名前を聞いたら名刺をくれたのですが、ニキョーなんて一言も入っておらず、小田急メガネ売り場〇〇、と書いてありました・・に上記経緯をそのまま伝え、この際、やはり少なくともパソコン用の眼鏡は作って欲しい、と言ったところ、一昨日の来店時のよりも、そして、眼科における(初日と翌日(瞳孔が開いた状態)の2回)よりも、一層綿密な検眼を、時間をかけてやってくれました。
その結果、何と、(パソコン用を含め、)新たな眼鏡を作る必要は一切ない、いやそれどころか、新たな眼鏡を作ってはならない、と言い渡されました。
なお、外出時等に、遠方をより鮮明に見るためには、視力の落ちている右目のレンズを替えた方が理論上はよいが、右目だけを使うのならともかく、両目を使っている限り、その差は殆んど体感できないはずだ・・それを体感させてくれました!・・、それに、そんなことをすれば、パソコン画面を見ている時に、目が疲れやすくなってしまう、とも。
(その間、衝撃的な指摘を受けました。
私は最初と二番目の眼鏡をパソコン用に用いていたのですが、それは本来は間違いで、老眼鏡を用いるべきところだ、というのです。
実際、その場で確かめたのですが、最初と二番目の眼鏡では、パソコンのディスプレー位の距離のところでは文字がぼやけてしまうのに対し、老眼鏡では鮮明に見えました。
但し、老眼鏡を使えば、1時間置きに目を休めなければならない、とのこと。
結局、私は、ディスプレー上のぼやけている字を、(日本文であれ英文等であれ、)読まずに直観的に感得しているからこそ、一日中「読」んでいても、目が疲れない、ということだったのです。)
更に、最初の眼鏡がズリ落ちるのだけれど何とかならないものか、と尋ねたところ、その場で調整をしてくれ、完全に治してくれました。
(普段全く使うことがなくなっていたその眼鏡を、今現在、かけてこの文章を書いています。)
そしてまた、超音波洗浄機で眼鏡の曇りが取れなかったのが、そもそもことの発端だった、と言ったところ、洗浄機で洗浄する際に、中性洗剤を入れたらよい、とのことでした。
(そんなこと、取説に書いてあったかなあ?)
但し、超音波洗浄機の水にフレーム部分はできるだけ漬けないようにした方がよい、とも。
(これは、どこかで聞いたことがあるが、実行するのは結構むつかしい。)
私は、これだけ懇篤なる対応をしてくれた同店ないし小田急百貨店に少しはお礼がしたいと思い、二番目の眼鏡のフレームが長年月経って細くなってきているので買った店で取り替えを提案されていたことを話し、こちらで取り替えをお願いできないか、と言ってみたのですが、フレームが折れるまで使えばよろしい、と相手にしてくれません。
せめて、目の前に置いてあるスプレー式眼鏡クリーナーを売ってくれないか、と懇願したのですが、(1300円プラス消費税だが、)超音波洗浄機があるのなら、眼鏡クリーナーまで使わなくてよろしい、と拒否されました。
こうして、私は、瞠目しつつも暖かーい気持ちで帰途についたのです。
こういった体験を一つでもすりゃあ、中共人民が、人間主義社会の日本って、恐ろしいところだ、追い付くためには何百年もかかる、と思うワケですよね。
(完)
私の現在の事情(続x58)(その2)
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