太田述正コラム#7582(2015.4.3)
<『チャイナ・セブン』を読む(その8)>(2015.7.19公開)
「習近平は・・・2013年1月22日、チャイナ・セブン全員を出席させる形で中央規律検査委員会・・・第二次全会を開催させ、そこで「虎も蠅も同時に叩く」という中共中央の大方針を決議させた。・・・
「虎」は政府高官の中でも党幹部の「大物」を指し、「蠅」は、その大物の周りを飛び回って利益にあやかっている「小物」を指す。・・・
これまでは地方政府に各地方のGDP成長率を競わせていたが、・・・どのくらい多く「虎と蠅を告発したか」を競わせるようになった。・・・
アメリカの金融監督機構が2012年12月に出した報告書によれば、2011年以前の11年間で中国の党幹部の腐敗による海外不正流出額は3.79兆ドル(約400兆円)であるという。おおまかに10年で割ったとして、年平均40兆円という計算になる。
事実、中国政府の発表によっても、党幹部による2010年の不正蓄財は約40兆円で、2011年は60兆円なので、この金額は妥当であろう。習近平は、よほど本気で反腐敗を展開しないと、「先富」から「共富」への移行はできないのである。」(239、241、243)
⇒党官僚や政府官僚の構造的腐敗の深刻化は、(天安門事件の結果、)日本型経済体制の継受を先行させ、日本型政治体制の継受を後回しにしたことの必然的帰結であった、と言うべきでしょう。(太田)
–習近平政権の政策その2:国有企業改革–
「78年末に改革開放が始まって自由競争が許されるようになると、それまで・・・消費者側が買おうが買うまいが、おかまいなしにただノルマ通りに製品をつくり続けてきた国営企業の倉庫には入りきれないほどの在庫が貯まり巨額の赤字を生み出していた。
そこで・・・92年、<トウ>小平は南巡講話を行って改革開放を促進させるべく、計画経済を撤廃して市場経済を推し進めることを決定したのである。これを「社会主義市場経済」という。国営企業を株式会社化して「国有企業」としたが、中央が直轄する中央企業以外に、中国全土に広がる地方経営の国有企業を含めたら、なんと、26万社、しかもそのほとんどが凄まじい赤字を抱えていた。
⇒そうではなくて、トウ小平は、計画経済は非効率だから、エージェンシー関係の重層構造を主、市場を従とする日本型経済体制の継受を決めた、と私は見ているのであって、そうだとすれば、トウは、改革開放中の開放を先行させ、外国との貿易を活発化するとともに、香港企業等を経済特区に招致し、(次第に拡大する)経済特区内の、中共の企業群に市場における競争感覚を身に着けさせた上で、予定通り、市場経済の推進、及び、国営企業の国有企業化、を決めた、と解するべきなのです。(太田)
・・・中国はWTO・・・加盟に当たって、なんとしてもこの状態から抜け出さなければならなかった。これを・・・断行したのが当時の朱鎔基首相・・・である。・・・
<彼は、>国有企業<を>・・・民間に売却したり吸収合併したりして、90年代後半には11万社まで減少させたのである。
このときレイオフ・・・や解雇された従業員の数は3000万人強。・・・
<おかげで、>中国は2001年に、ついにWTO加盟を果たす。
⇒中共全土がいわば経済特区化した時点で、中共当局がWTO加盟を試みるのは必然であった、と言うべきでしょう。
中共がWTOに加盟したのは2001年12月ですが、当局がWTO加盟交渉を開始したのは、その16年前の1985年であったことからすれば、
http://en.wikipedia.org/wiki/Economy_of_China
それがトウ小平の方針であったことは明らかであって、あたかも朱鎔基のイニシアティヴで加盟が実現したかのような遠藤の筆致には違和感を覚えます。
また、国有企業の減少が推進されたと言っても、現在でも、公有部門がGDPの30%を占めていて、その「公有部門は<、基幹的であるところの、>公益事業、重化学工業、資源・エネルギーといった約200の大規模な国有企業によって<依然として>支配されている」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E8%8F%AF%E4%BA%BA%E6%B0%91%E5%85%B1%E5%92%8C%E5%9B%BD%E3%81%AE%E7%B5%8C%E6%B8%88
ことの方にこそ注目すべきでしょう。
前にも触れたように、中共人民の間に人間主義が普及するまでの相当長期間にわたって、疑似人間主義者達の集団である中国共産党の党員達を、国有と民間とを問わず、基幹的企業の経営管理に当たらせる必要があるのであり、国有企業の民間企業化のペース、すなわち、国有企業/公有部門の対GDP比縮小のペース、は、「三つの代表」論に基づく民間企業内の党員・・入党資格を満たさなければ党員にはさせられない・・の増大のペースに合わせなければならないことから、遅々たるものにならざるをえない、ということだと私は考えています。
当然、私は、「三つの代表」論についても、トウ小平が決めていた方針を実行に移しただけだ、と見ているわけです。
江沢民、というか、当時のチャイナ・ナイン、が「三つの代表」論を打ち出した(2000年2月)のも、トウ小平の死(1997年2月)の後、まだ3年きっかりしか経っていない時点であった
http://ja.wikipedia.org/wiki/3%E3%81%A4%E3%81%AE%E4%BB%A3%E8%A1%A8 前掲
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%A6%E5%B0%8F%E5%B9%B3 前掲
こと、を思い出してください。(太田)
その後、・・・国有企業は飛躍的に成長し<た。>・・・
98年に発布された「国有企業改革を深化させるための党組織設置と指導系列に関する中共中央組織部の通知」<は、>・・・国有企業の人事に関しては中共中央組織部が決定し、国有企業の中に党組織を設置する<こととした。しかし、党は>・・・人事決定権<こそ>持<つが、>・・・経営に関しては多くの関連行政機関が口出しをしていた。そのため責任母体が不明確で経営効率が悪いので、管轄する行政を一元化して国務院国有資産監督管理委員会(国資委)を設置した。2003年3月、胡錦濤が国家主席になった最初の全人代において決議されている。
実は効率が悪いだけでなく、「党と行政と国有企業」の接触点のところで、それはそれは救い難いほどの腐敗が生まれていた。国資委に一元化したのは、業務効率の向上はもちろん、実はむしろ腐敗の接点を少なくしようという意図があったからだ。・・・
<さて、>その国有企業、一見勢いは良いが、・・・地方の国有企業も含めて、50兆ほどの負債を抱えており、それは中国のGDPの50%に相当する。
地方人民政府は現地の銀行から融資を受けて地方の国有企業を支えているが、銀行はシャドーバンキング<(注7)>の窓口になって実質のないカードを切っている。銀行の窓口を借り手シャドーバンキングが集めた金は土地開発に投資して、開発業者を通して地方人民政府に逆流する。
(注7)「Shadow banking system・・・とは、銀行ではない証券会社やヘッジファンドなどの金融機関が行う金融仲介業務のこと。・・・
このシステム自体は合法的な物であるが、システミック・リスクの観点から規制が行われている銀行業務に対し、証券会社やヘッジファンドなどの金融機関は、投資の促進などの観点から金融当局による規制が甘いにもかかわらず、銀行と同様のシステミック・リスクを孕んでいることが問題点として挙げられる。・・・
2013年に入ってから中国では理財商品や信託の形を取って集めた資金の影の銀行による貸し付けが不良債権化しており、経済問題として注目されている。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0
「システミック・リスクとは・・・特定の金融機関や市場が機能不全となったならばそのことの影響が他の金融機関や市場にまで、さらには金融システム全体にまで波及する金融危機を起こすというリスク。金融システムにおいては、金融機関というものは一つの独立した組織として成立してはいるものの、金融機関同士が取引を行ったり決済ネットワークを通じることで緊密な関係が築かれていることから、一つの金融機関で支払い不能のような問題が発生したならば、それが金融機関全体にまで影響を及ぼすというわけである。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%82%AF
もう全国いたるところがズブズブのマフィア状態だ。
そのため習近平は、・・・2014年7月<から、>・・・独占企業となっている国有企業を市場原理に従って運営するために民間に売却あるいは開放したり、戦略的投資家に参入させたりして、「混合所有制」を推進しようとしている。国家安全や軍需産業など機密性の高い企業以外には民間資本を導入して党幹部の独占を防ごうというわけだ。同時に市場に開放することによって活性化する。」244~248)
⇒前述したように、トウ小平の方針に従って、漸次的に国有企業の民間企業化を進捗させている、というだけのことであり、遠藤のように、その特定のフェーズを取り上げて、それを中国共産党総書記とかチャイナ・ナイン/セブンのイニシアティヴによるもの、と解するべきではないでしょう。
日本型政治体制の漸次的継受が先送りされたことに伴って必然的に深刻化した腐敗への対策と国有企業の民間企業化とは、直接関係はなかろう、ということです。(太田)
(続く)
『チャイナ・セブン』を読む(その8)
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