太田述正コラム#7586(2015.4.5)
<『チャイナ・セブン』を読む(その10)>(2016.7.21公開)
 –習近平政権の政策その4:一党支配継続手段としての外交–
 「習近平にとって「外交」とは、中国共産党の一党支配を崩壊させないようにするために「エネルギー資源を確保すること」と「中華民族の偉大なる復興を掲げて民族の誇りを保つこと」である。それが保障されるのが最優先課題であって、実は外交自身は重要視していない。」(264)
⇒「復興」とは要するに経済成長のことですから、遠藤は、習近平政権は、経済外交しかやっていない、と言っていることになるところ、経済外交だって、外交には違いないのですから、「「外交」自身は重要視していない」という遠藤の物言いはおかしいと言うべきでしょう。
 「外交「自身」は重要視していない」というのもおかしい。
 いかなる国にとっても、外交は国益確保・伸長のための手段に過ぎないのであって、それが目的ではないのですからね。
 さて、太田コラムの読者の大部分はお気付きでしょうが、遠藤にはより根本的な認識不足があります。
 どうやら、遠藤は、習近平政権の南シナ海や(尖閣)東シナ海における領土攻勢に関してまで、「エネルギー資源を確保する」経済外交である、と見ているようですが、領土の維持拡大を図るのは主権の維持拡大を図ることであって、そのための(軍事力による威嚇や軍事力の行使を含む)外交は、政治外交そのものであって、そのことの経済的意義など一般に二義的なものに過ぎません。
 ですから、遠藤は、習近平政権の場合、それらに関しても「エネルギー資源を確保する」ためだ、と言うのであれば、その具体的な根拠・・石油や天然ガス等が海底に採取が採算がとれる形で埋蔵されている具体的可能性・・を示すべきですが、ここに続く下掲において、彼女はそうしていません。
 ですから、それは経済外交ではなく政治外交である、と我々は解する他ないのですが、ここで大事なことは、それが、私見では、一般的な政治外交などではなくて、トウ小平以来の中共当局の最重要国家戦略たる、支那の日本文明継受、のための環境整備・・日本の米国からの「独立」・・を目的とする具体的な政治外交であることなのです。(太田)
 「日本が何をしようと、中国の対日政策は変わらない。反日は逆戻りしないのである。
 江沢民が94年から愛国主義教育を始め、95年から日中戦争を「日本の侵略戦争」から「全世界の反ファシスト戦争」へと格上げしてから、愛国主義教育は「反日」へと変換していった。愛国主義教育基地として抗日戦争記念館が全国各地に建立され、授業の中で必ず抗日戦争記念館を見学させることが義務づけられるようになった。・・・
 胡耀邦は親日であったことを責められて失脚した側面を持っている。
⇒くどいようですが、トウ小平が亡くなったのは1997年2月であり、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%A6%E5%B0%8F%E5%B9%B3 前掲
愛国主義(反日)教育をやらせた・・日本文明継受戦略を国内外において気取られないためには不可欠・・のも、胡耀邦を失脚させたのもトウ小平である、と考えるのが自然でしょう。
 (もとより、江沢民が、父親が対日協力者で日本語の教育も受けている
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E6%B2%A2%E6%B0%91
だけに、反日的ポーズををとることは、彼自身の保身のためにもメリットがあったことは事実ですが・・。)
 1987年の胡耀邦失脚
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%83%A1%E8%80%80%E9%82%A6
の理由については、彼が親日だったからというよりは、トウ小平の指示に基づき、彼が日本型政治体制継受を急いだことに、中共当局内の保守派が強く反発したため、当時まだ完全に権力を掌握していたとは必ずしも言えないトウ小平が泣く泣く彼を切らざるを得なくなったということだ、と私は解しています。
 彼の1989年4月の急死を契機として天安門事件が起こったために、トウ小平自身、日本型政治体制継受の当分の間の完全棚上げを決意することになった、と私は見るわけです。(太田)
 胡錦濤は親日を打ち出そうとして売国奴呼ばわりされた。特に2008年6月に東シナ海日中共同開発を宣言して「現在の李鴻章」とまで呼ばれた。
 これらの事実から習近平は教訓を学び取り、決して親日的な言動はしない。・・・
⇒とんでもない。
 習近平政権になってから、人民日報等を通じた日本ヨイショ/日本讃嘆の情宣を積極的にやっていることにどうして遠藤は気付かないのでしょうか。(太田)
 ソ連が崩壊した・・・<以上、>もう、怖いものはない。
 ソ連と対抗するために、もう日本を必要と<し>・・・なくなった。
⇒ここもとんでもありません。
 まず、ソ連と対抗するためには、もともと米国の属国たる日本なんぞ必要ではなく、米国こそ必要だったのであり、そのソ連が崩壊した以上、米国がもう中共を必要としなくなった、どころか、本来の敵の立場に戻ったのです。
 しかも、米国は、ソ連よりもはるかに強力な敵なのですから、日本を「独立」させることで、米国の力を削ぐことが急務となったのです。
 (しかも、支那人は、米国を憎み、日本に好意を抱いており、剰え、中共当局は日本文明を継受しようとさえしているわけです。)
 こんな初歩的な勘違いをするのは、(彼女に限ったことではありませんが、)彼女に軍事ないし安全保障の素養が欠如しているからでしょうね。(太田)
 だから間髪を入れずに江沢民は92年に「領海法」(正確には「領海および接続水域法」)を制定。尖閣諸島をはじめとした「中国の赤い舌」と呼ばれる南シナ海までの広大な海域の島嶼を中国の領土として法制化してしまった。・・・
⇒そうではなく、中共当局は、間髪を入れずに、日本を再軍備化させ、集団的自衛権行使を解禁させ、その論理的帰結たる日本の「独立」をもたらす戦略に着手した、のです。(太田)
 <そ>の各島嶼の海底には、海底油田や天然ガスが眠っている。中国が欲しいのはこのエネルギー資源で、それを獲得するために「領土問題」とリンクさせ、それをさらに「中華民族の偉大なる復興」と「世界反ファシスト戦争勝利」にリンクさせている。
 中国がいつまでも「抗日戦争の犠牲者」を言いつのり、日本が歴史の反省をしないと批判し続けるのは、このエネルギー資源を確保するためだ。・・・
⇒初歩的な勘違いの結果が、こういった妄想を生み出してしまったわけです。(太田)
 これは中国の確固たる対日戦略であることを、日本人は肝に銘じるべきだろう。内政が大変なので外に敵を作るなどという姑息なことをしているわけでもない。
⇒ここは、まぐれ当たりで当たっています。(太田)
 あくまでもエネルギー資源を獲得し、国際社会における地位を高めるためだ。何といっても「反ファシスト戦争」の先頭に立ったのはアメリカであり、日本に最終的打撃を与えて日本を敗戦に追いやったのもアメリカだ。そのアメリカと「中国」は「反ファシスト戦争」においても「同盟国」であったということを世界に、そして何よりもアメリカに見せつけることが目的なのである。それにより日米同盟を締結しているアメリカを弱体化させ、アメリカの発言力を弱らせる。
 中国は「平和的手段」で世界を制覇しようとしているのである。
 この巨大な目的を、見逃してはならない。・・・
 中国の軍事費増加は12.2%と大きいものの、戦意となると、一人っ子世代が大勢を占めているため、意識高揚でもしない限り上がらない。「日本軍国主義」への先鋭化する批判と脅威論は、案外、この「教育」を目的の一つとしていると言っていいだろう。」(278~279、283~285、289)
⇒妄想だからこそ(?)、かくも支離滅裂なことを彼女は吐いているのだ、と思ってあげましょう。(太田)
 
(完)