太田述正コラム#0329(2004.4.24)
<カストロ・米国・中南米>
1 始めに
国連の石油・食糧交換プログラムにからむ贈収賄事件で名前が出ているジョージ・ギャロウェー英下院議員(コラム#326)は、この報道を昨年行った米クリスチャン・サイエンス・モニター紙と英デイリー・テレグラフ紙をそれぞれ告訴していますが、新たに大量にイラクで出現した「証拠」に基づき、先週今度は英サン(The Sun)紙に同じ話を書き立てられました。
にもかかわらず、ギャロウェーは依然意気軒昂であり、この4月には著書I’m not the only one という読みようによっては意味深なタイトルの本をペンギン社から出版しました(http://books.guardian.co.uk/departments/politicsphilosophyandsociety/story/0,6000,1202414,00.html。4月25日アクセス)。
イラクのフセイン前大統領やパレスティナ当局のアラファト議長ら世界の名だたる独裁者のお歴々とお友達であるギャロウェー議員は、この本の中で、キューバのフィデル・カストロ(Fidel Castro)大統領(注1)について、その記憶力に舌を巻き、「私の出会った人々の中で、比較を絶するくらい傑出した最大の偉人だ」と手放しで褒め称えています。そして、カストロと夜の3時まで話し込んだ後で、誘われて(二人とも素っ裸になったらしいのですが)一緒にカリブ海で泳いだ時のことを懐かしんでいます。
(以上、特に断っていない限り、http://politics.guardian.co.uk/interviews/story/0,11660,1203034,00.html。4月24日アクセス)による。
(注1)1926年にスペイン移民の父のもとに生まれる。1959年のキューバ革命以来キューバの最高指導者。最初は首相、1976年からは大統領。(http://en.wikipedia.org/wiki/Fidel_Castro。4月25日アクセス)
2 カストロについて
(1)経歴
カストロは、12歳の時にフランクリン・ローズベルト米大統領に対し、1940年の米大統領選挙での再度の当選を祝って、「あなたの友」と署名した手紙を送るほど早熟な子供でした。
野球選手としても頭角を現したカストロは、ハバナ大学法学部に在籍中の1949年に米大リーグから5000ドルの一時金という、当時としてはかなりの好条件で誘われますがこれを断っています。
カストロは19世紀のキューバ革命の英雄ホセ・マルティ(Jos? Mart?)や「殉教者」カミーヨ・シエンフゴス(Camilo Cienfuegos)を尊敬し、彼らの後継者たらんとしました。
そして、腐敗しきったバチスタ独裁政権打倒に情熱を燃やし、1956年に亡命先からキューバに潜入してゲリラ戦を行い、1959年これに成功します。
彼は当初は共産主義者でも何でもなかったのですが、米国等によるカストロ体制の転覆やカストロ暗殺の企てが続き(注2)、また米国の経済制裁を受け、次第に当時のソ連に頼るようになり、共産主義に傾斜して行きます。
(注2)1961年の、米CIAによる、亡命キューバ人を使ったカストロ体制転覆未遂事件(Bay of Pigs Fiasco)は有名。この年、カストロはキューバが共産主義を採択することを宣言した。
これに伴い、比較的緩やかだったカストロの統治も、人権抑圧の度合いを強めて行くのです(注3)。
(注3)政治的理由でカストロ政権が殺戮したキューバ人の数は15,000??18,000人という説が有力。ただし、10,000人未満との説もある。(http://en.wikipedia.org/wiki/Allegations_of_human_rights_abuses_in_Castro%27s_Cuba。4月25日アクセス)
1962年のキューバ・核ミサイル危機を経て、1963年にケネディ米大統領はカストロとの和解交渉を水面下で進めましたが、ケネディの暗殺後、後継のジョンソン大統領がこの交渉を打ち切り、キューバと米国の対立は固定化され、現在に至っています。(カストロ政権と米国との国交正常化に一貫して反対してきたのが、主としてフロリダに住むキューバからの亡命者や難民達です。)
(2)カストロの業績等
カストロ政権の下で、キューバは中南米で最も識字率の高い国なり、文盲ゼロをほぼ達成しています。
また、乳児死亡率も中南米最低であり、米国よりも低い水準です。平均寿命も中南米最長であり、米国よりちょっと短いだけです。
キューバは、中南米の中では唯一、学齢期の児童が一人も働いていない国であり、貧困家庭にも医療が保障された国です。
もっとも、一人あたり国民所得は、お世辞にも高いとは言えません。米国が経済制裁を行っていることは確かに大きいのですが、経済制裁を行っているのは米国だけであることから、すべてを米国のせいにするわけにはいきません。統制経済であることがキューバ経済の停滞をもたらしているのです。
もはや砂糖生産に依存するわけにもいかず、カストロ政権は最近ではバイオ産業の育成に力を入れています。
エネルギー(石油)はかつてはソ連頼みでしたが、最近はベネズエラがが手をさしのべており、米国の反発をかっています。
ちなみに、(かつて最大のお得意さんだった米国からの観光客は依然訪れていませんが、)キューバは中南米でドミニカ共和国に次ぐ観光立国です。
いずれにせよ、特記すべきことがあります。
それは、カストロは世界の独裁者の中で、極めて希なことに、個人崇拝を嫌い、カネを貯め込むことも、大邸宅で贅沢三昧な生活をしたり女を囲ったりすることもしていない、ということです。
(以上、特に断っていない限り、wikipedia 前掲及びhttp://books.guardian.co.uk/reviews/biography/0,6121,1201827,00.html(4月25日アクセス)による。)
(続く)