太田述正コラム#0330(2004.4.25)
<カストロ・米国・中南米(続)>

3 米国と中南米、そしてカストロ

 ベネズエラの作家カルロス・ランゲル(Carlos Rangel)は、「中南米の人間にとって、少しばかりのアングロサクソンの連中が、スペイン人よりずっと後<新大陸>にやってきて、しかも<北米大陸東海岸地方が>あまりに過酷な気象であることから最初のうちは冬を何回も越せなかったというのに、いつの間にか世界一の大国になってしまったということは、考えるだけでも耐え難いのだ。この格差の根本的原因を抉り出すには、中南米の人々が総出で全力を挙げる必要がある。<そうしないまま、>それが偽りであることを知っていながら、中南米の政治家や知識人はことごとく、自分達のあらゆる問題は米帝国主義のせいだ、ということを馬鹿の一つ覚えのように口にしてきたのだ。」と告白しています(http://www.atimes.com/atimes/Front_Page/FD03Aa02.html(4月3日アクセス)から孫引き)。
 私は、以前(コラム#131、146??149)にも述べたように、結局のところ、この格差はアングロサクソン文明と欧州文明の違いがもたらしたものである、と考えています。
 米国の指導者達も、口にはしないまでも、内心はそう思っています。
 ですから米国政府は、中南米にアングロサクソン文明に由来する自由・民主主義を普及、定着させることなど考えず、もっぱら中南米に進出した米国企業を保護するとともに、戦後の冷戦時代にはこれに加えて中南米へのソ連の勢力浸透を阻止すること、を追求してきました。
 その象徴的な一例が、米陸軍アメリカ諸国学校(US Army School of the Americas=SOA)の西半球安全保障協力研究所(Western Hemisphere Institute for Security Cooperation =WHISC)で1960年から実施されてきた、累積で何万人にも及ぶ中南米の治安要員の教育訓練です。
 この研究所で教育訓練を受けた中南米の治安要員は、研究所での履修コース数が増えれば増えるほど、帰国後人権侵害を行った頻度が高い、という調査結果が出ています。
(以上、http://www.atimes.com/atimes/Front_Page/FD15Aa02.html(4月15日アクセス)による。)
これは(極端に言えば、)米国にとって、中南米という自国の裏庭においては、治安が維持され、かつ反共でさえあれば、軍部独裁国であろうと人権抑圧国であろうとどうでもよかったこと、を示しています。
さすがに冷戦の終焉に伴い、米国の態度が一変し、第三世界において積極的に自由・民主主義の普及・定着に努力し始めたこともあって、中南米諸国においても独裁制が次々に倒れ、民主化のラッシュが起こりました。
そして今では中南米諸国は、キューバを除き、多党制による選挙の洗礼を受けた国ばかりになりました。
その中南米で、早くも自由・民主主義に対する幻滅感が蔓延しています。
先般実施された国連による世論調査結果によれば、中南米諸国の人々は、55%が民主的な政府より独裁的な(authoritarian)政府を支持し、58%が政府の指導者が超法規的措置を採ることを認め、56%が民主制を維持することよりも経済発展の方が大事だ、と考えるに至っているのです(http://www.nytimes.com/2004/04/22/international/americas/22lata.html。4月22日アクセス)。
経済発展が大事という点はともかく、背筋が寒くなる話ではありませんか。
 中南米の人々にとって、カストロ体制、すなわち民主主義独裁のキューバは、冷戦時代においては禁断の理想の国でしたが、今再びキューバは理想の国となった、と思われます。
 その理想の国キューバの経済発展が妨げられているのは、米国の経済制裁のせいだとするキューバの主張もまた、再度中南米の人々一般に受け入れられていることでしょう。
 だとすれば、米国はいまだに惰性で続けている経済制裁を一刻も早く撤廃して、キューバの経済停滞はカストロ体制のたまものであることを示す必要があります。
 そうしない限り、キューバを含め、中南米の人々は、いつまでたっても真に覚醒することはないでしょう。
 自分の裏庭の人々すら説得できずして、どうして米国はイラクを含めた中東の人々に自由・民主主義を採用するよう説得することができるでしょうか。

(完)