太田述正コラム#7710(2015.6.6)
<キリスト教の原罪思想のおぞましさ(その5)>(2015.9.21公開)
(3)プロテスタンティズム
「ところが、宗教改革は、地獄に堕ちること(damnation)から人々が逃れるには、「キリスト信仰によってアクセス」することができるところの、「未だ得られていない神の赦し(forgiveness)」を通じてのみである、と執拗に主張した。
ルター、カルヴィン、その他にあっては、人間達は、「人々が単に罪を犯しただけでなく、彼らは、生来的かつ不可避的に神の正義の処罰の対象となるところの罪人達であることから、」自分達自身ではもとより、聖的であること、寛大であること、もしくは童貞(chaste)であること、によっても救済を達成することなどできないのだ。
ボイルは、カルヴィンが、「人間の内なる残滓的善(goodness)に対する権利を主張することさえ、<それが>人々が自分達自身を救うために何かやれることがあるという誤った希望を提供する<が故に>、それは、人がよく通るところの、地獄への道なのだ」、と主張した、と付け加える。
ボイスが結論付けるように、宗教改革者達にとっては、カトリック教会の「巡礼<(注12)>から煉獄(purgatory)<(注13)>に至る、中世的な救済パッケージの総体」は、「天国への唯一の道に係る悪魔的回り道」以外の何ものでもなかったのだ。
(注12)「カトリックの三大巡礼地は、ローマ(=ペトロの地)、サンティアゴ・デ・コンポステーラ<(コラム#7105)>、そしてエルサレムともされる。こうした巡礼の旅で病に倒れた人、宿を求める人を宿泊させた巡礼教会、その小さなものを「hospice ホスピス」と呼んだ」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%A1%E7%A4%BC
(注13)「カトリック教会の教義で、この世のいのちの終わりと天国との間に多くの人が経ると教えられる清めの期間<に留まる場所>。・・・4世紀以後は、煉獄の存在は一層明示的になり、とりわけ聖アウグスティヌスの寄与は大きく、彼・・・は、全ての人は支払わなくてはいけない負い目があることから、死後の清め<・・のための生存者による代祷・・>は必要であり、それは長くて公審判までであると説いた。・・・<ちなみに、>正教会やプロテスタントなどキリスト教の他の教派では・・・煉獄の存在を認めていない。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%85%89%E7%8D%84
神の選び(election)、運命予定説(predestination)、の類の宗教改革の諸教義は、予期しなかった政治的諸帰結をもたらした、とボイスは述べる。
強調点を罪から罪人に移すことで、宗教改革者達は、「急進的な精神的(spiritual)平等性を説教した…<すなわち、>全ての人々は生来的かつ不可避的に罪人達なのであるからして、神の恩寵を通してのみ、全員が聖人達となる可能性がある」、と。」
<だから、>僧侶は農夫よりも善いわけではない、とも。
時間の経過とともに、マックス・ヴェーバーが有名にも主張したように、この「プロテスタントの倫理」が、資本主義、及び、欧米文明のダイナミズムの多くを興隆させたのだ。」(A)
「宗教改革者たる僧侶のマルティン・ルターのカトリック教会に対する主たる不満は、それが諸免罪符を売ったり腐敗を看過した点ではなかった。
同教会を、彼は、原罪に対して甘い姿勢をとった(go soft on)点で非難したのだ。
彼は、全ての人々は、彼らが何をやろうと、彼らの腐敗において平等である、と主張した。
プロテスタント神学者のジョン・カルヴィンは、人々は自分達自身を救うことは不可能で、神の慈悲、従って神の選びに依存している、というアウグスティヌス的教義を再活性化(revive)した。
しかし、プロテスタンティズムは、その福音主義<(注14)>的諸発現(evangelical manifestations)においては、自助と選択の自由の地である米国においては、とりわけ、原罪の完全な含意から退却した<(注15)>。」(E)
(注14)「「『福音的(Evangelical)』と言う言葉は16世紀に遡り、カトリックの思想家の中で、信仰や実践について、中世後期の教会と結びついたものよりも、より聖書的なものに立ち返ろうとした人々」のことを指して、他のカトリックから区別したとされる。プロテスタントが「福音主義・福音派」と呼ばれたのは、このように教会における権威の所在を「聖書のみ」とし、神のことばに求めたからであった。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E9%9F%B3%E4%B8%BB%E7%BE%A9
(注15)米国の新福音主義(Neo-evangelicalism)、すなわち、非正統的だが学問的な自由主義神学(Liberal)と正統的だが非学問的なキリスト教根本主義(Fundamentalist)の二つを「止揚」したところの、正統的で学問的であると自称した立場、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E7%A6%8F%E9%9F%B3%E4%B8%BB%E7%BE%A9
を指しているのかもしれない。
ちなみに、自由主義神学は、「<ドイツの>シュライエルマッハー<を>・・・「始祖」<とするところの、>歴史的・組織的な教理体系から自由に、個人の理知的判断に従って再解釈する」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E7%94%B1%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E7%A5%9E%E5%AD%A6
立場であり、私の言う、リベラルキリスト教、はその20世紀の米国における発現が念頭にある。
また、キリスト教根本主義は、「米国及び英国<において、>・・・19世紀から20世紀初頭にかけて自由主義神学に対しキリスト教の基本的な信条を主張した」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E6%95%99%E6%A0%B9%E6%9C%AC%E4%B8%BB%E7%BE%A9
立場である。
⇒このあたりのボイスの用語は、一般的な用語と微妙に食い違っている感がありますが、詮索することは差し控えます。(太田)
(4)啓蒙主義以降
ア 始めに
「ボイスは、<現在では>キリスト教の諸教会が概ね沈黙するに至っているところの、この<原罪の教義>は、今や、我々の魂群(psyches)の中に非常に深く埋め込まれている(embedded)ので、我々は、それが文化的お荷物(baggage)であることの認識さえ持っていない、と主張する。」(B)
「ボイスのより挑戦的な諸結論の一つは、宗教的諸観念から人々を解き放とうと意識的に試みた<啓蒙主義者の>人々によって提案されたところの・・・諸理論が、しばしば、知らず知らずのうちに(unwittingly)それらを神棚に祀っていた(enshrined)、というものだ。
それどころではないのであって、<彼に言わせれば、啓蒙主義的>諸理論は、人間の本性の倒錯性(perversity)<・・すなわち、罪人性・・>に関する人気ある諸確信に頑強に調和する(chime in with)が故にこそ受容を勝ち取ったのだ。」(H)
(続く)
キリスト教の原罪思想のおぞましさ(その5)
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