太田述正コラム#0336(2004.5.1)
<宗教雑感(その1)>
(旧イラク軍将官をファルージャ防衛隊の司令官に任命して米海兵隊はファルージャ市内から撤退する運びとなったことから、一ヶ月近くに及んだイラクの混乱も私の予想通りの方向で収束に向かうはずだったところ、米軍と英軍による言語道断な捕虜虐待事件が明るみに出たため、再び情勢が混沌としてきました。そこで、イラクについて書くのはもう少し先に延ばしたいと思います。)
1 始めに
これまで、イスラム教、キリスト教、、ヒンズー教、創価学会等にしばしば言及してきましたが、宗教それ自体を正面から採り上げたことがないので、今回、キリスト教を俎上に乗せてこれを試みることにしました。
敬虔なクリスチャンの方等にはお耳触りな点が多かろうと存じますが、お許しいただければ幸いです。
2 宗教の周縁的部分
(1)呪術業
宗教の多くは、呪術を行うことで信者の精神や身体の疾患を治癒することができると謳っています。これはプラシーボ効果(コラム#95)頼みのインチキです。
呪術の典型例が、キリスト教における悪魔払い(exorcism)です。
これは、人に悪魔ないし悪い精霊が取り憑くことがあり、その場合、神父たるエクソシスト(exorcist)が所定の儀式を行ってこれを取り除かなければならないというものです。(取り除けなけない場合、中世の欧州においては魔女ないし魔男として、火刑にされた(太田)。)
悪魔払いの歴史は2世紀に遡ります。しかし、啓蒙主義の影響と科学の発達により、「取り憑かれた」人は要するに精神病の患者なのであり、医学的治療が施されるべきであるとして18世紀には悪魔払いはすっかり廃れてしまいます。
そして遅ればせながら、カトリック教会において、1962-1965年の第二次バチカン会議で悪魔とか悪い精霊について語ることや悪魔払いについては、極力回避することとされました。
しかしその後、カトリシズムとプロテスタンティズム共通の原理主義化のうねりが押し寄せ(コラム#93、95)、悪魔払いが本格的に復活します。米国のホラー映画「エクソシスト」の1973年の公開と2000年の再公開も悪魔払いブームに一役買いました。世界エクソシスト協会が創設されて隔年総会を開いていますし、イタリアではこの10年間にエクソシストの数が10倍に増え、300人にも達しています。
この動きの先頭に立っているのが現在の法王のヨハネ・パウロ二世です。
聖人をやたら増産している等、時代錯誤的なこの法王のことは前(コラム#172)にも書きましたが、彼は悪魔について積極的に言及しているほか、信徒に対し、少なくとも三度自ら悪魔払いを行いました。
1999年には、この悪魔払いブームを踏まえ、法王庁は悪魔払いの実施要領を1614年以来、久しぶりに改訂し、精神病なのか本当に悪魔等に取り憑かれたかを慎重に見極めなければならない(?!)という注意書き等を加えました。
プロテスタント側でも、悪魔払いは流行しており、米国等では、手荒い悪魔払いによる信徒死亡事件が時々起こっています。
(以上、http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-exorcist30apr30,1,4559225,print.story?coll=la-headlines-world(5月1日アクセス)による。)
こんなカトリック教会が依然世界の政治への積極的関与を続けており、またいまや原理主義的キリスト教のうねりが米国の政治を飲み込みかねない勢いです。
キリスト教や宗教原理主義に無縁の世界の衆生にとっては、たまったものではありませんね。
(2)儀典サービス業
最近、欧米から、カトリック教徒が人口の多数を占めるインド南部のケララ(Kerala)州の神父に感謝祭や故人のためのミサを「アウトソーシング」するケースが増えています。
これは欧米で神父の数が不足しているため、ミサの引き受け手がない場合があるのと、引き受けてもらえた場合もお布施が高額になっているからです。例えば、ドイツでミサを頼めば50ユーロ(60ドル)もかかるのが、ケララ州に「アウトソーシング」すればわずか50ルピー(1ドル)ですみます。
やり方としては、多くの場合、欧米の個人から直接、あるいはフランスやスペインの巡礼地から一括してケララ州のビショップ管区(diocese)にミサ「発注」があり、これが州内の暇な教区(parish)に割り当てられ、神父が現地信徒の聴衆の前で現地語でミサを行います。高収入を独占しないため、一人の神父は一日一件までしか引き受けないことになっているといいます。
これに対し、こんなことは宗教心の堕落を意味するとの内省の声や、本当にミサが実施されたかどうかどうやって検証するのかという疑問の声が欧米で出ています。
(以上、http://www.atimes.com/atimes/South_Asia/FE01Df05.html(5月1日アクセス)による。)
いやはや!
(3)現世利益・権力の追求
キリスト教の正教徒3億人の頂点に座するイスタンブールのバーソロミュー(Bartholomew)全正教総大主教(Ecumenical Patriarch)は、ギリシャの一つの大主教区を含む正教の多数の教区を直轄していると同時に、アルバニア、ブルガリア、ギリシャ、ルーマニア、ロシア、セルビア各正教を含む14の独立した正教会の長でもあります。
バーソロミュー大主教は、ギリシャ正教会の指導者であるクリストドウロス(Christodoulos)大主教(Archbishop)と北ギリシャとエーゲ海における30の主教区の主教任命権をめぐって争ってきましたが、先だってクリストドウロスがこのうち3つの主教区の主教をバーソロミューの承認なしに任命したことをとがめて、クリストドウロスを正教内での村八分に処すとともに、この30の主教区を直轄にすることを考慮中と表明しました。
(http://www.cnn.com/2004/WORLD/europe/04/30/religion.orthodox.ap/index.html。5月1日アクセス)
これは、世俗的大組織でよく見かけるものと同様の、大組織内の現世利益ないし権力の分配をめぐっての争いだと考えてよさそうです。
また、ロシア正教会が(ソ連時代を含め)常にロシア国家の忠実なしもべであったことに象徴されているように、正教はどこでも権力と一体化して政治に関与してきました。
これらもまた、多かれ少なかれ、大部分の大宗教について当てはまる事柄です。
(続く)