太田述正コラム#7786(2015.7.14)
<現代米国人かく語りき(その3)>(2015.10.29公開)
5 Scotty McLennan'”You Actually Have to Sit Still and Do Nothing.”‘
マクレナン(1948年~)は、牧師、法曹、著述家、GSBの政治経済学講師であり、昨年まで14年間務めたスタンフォード大宗教生活部長(Dean of Religious Life)時代の最終年に、学内瞑想(meditative)センターを立ち上げた(上掲)ところの、エール大卒、ハーヴァード大神学修士、ハーヴァード・ロースクール卒、
https://en.wikipedia.org/wiki/Scotty_McLennan
という人物です。
「・・・我々はもちろん社会的存在なのであるから、互いにだべったり、オンラインでだべったりするのは普通(normal)で日常的(routine)なことだ。
しかし、<私が>瞑想でもって意図しているのは、強化された覚醒(awareness)、及び、念的瞑想(mindfulness)が、幅と深さにおいて根底的に拡大されることに資するべく、普通で日常的なものを壊すことだ。
もっとも、それは、容易なことではなく、また、まさに、それが、我々を普通で日常的なものから遠く離れたところへ連れて行くことから、規律をしっかり維持しなければならない。
<瞑想の際には、>現実には、君は、じっとして何もしてはいけない。
理想的には、多くの諸事柄を思い巡らせたりそれらに囚われたりすることなく、息の出入りを追うといった、ただ一つのことに集中しなければならないのだ。・・・
私は、肉体的、知的、政治的、精神的に、すなわち、色んな意味で、活動的だった。
しかし、ガンディーのような偉大なる活動家が、自分の力を静かな瞑想を通じて見出したことを学び、私は、それをやってみようという気になった。
そして、ある夏、インドで私が一緒に住んでいたヒンドゥー教の僧が、毎日それを練習するように、私に執拗に勧めた。
<瞑想は、>練習すれば自ずからできるようになる。
いや、練習すればより容易にできるようになる、と言うべきか。
というのも、私は完全にできるようになったわけではないからだ。
瞑想すればするほど、私は、沢山の領域において、じっとしていることのメリットをより多く学んだ。
すなわち、他人達が言うことに、より忍耐強くかつ共感的に耳を傾けるようになったし、花々の香りを、忙しさの中で気付かないでいたのに、嗅ぐようになったし、すぐに怒らなくなったし、ストレスを感じた時には意図的に呼吸するようになったし、より大きな宇宙や究極的なもの(ultimacy)と繋がっていると感じるようにもなったのだ。・・・
究極的に、私は、このことが、よりビジネスを成功させることに導くし、顧客達やステークホルダー達の満足にも導く、と信じている。・・・
<この関連で、私が感銘を受けた自伝の一つが、>バスケットボールの監督のフィル・ジャクソン(Phil Jackson)<(注3)>の『11の諸輪–成功の精神(Eleven Rings:The Soul of Success』(2013年)だ。
(注3)1945年~。選手を経て、「1980年代末より・・・シカゴ・ブルズ監督に就任し、2度の3連覇で6度の優勝を果たした後、1999年よりロサンゼルス・レイカーズ監督となり、再び3連覇を成し遂げた。監督として11度の優勝はリーグ最多であり、70.7%(2010年時点)の通算勝率はリーグ歴代最高。禅導師を意味する「ゼン・マスター」というあだ名がある。・・・牧師を勤める厳格な両親のもとに生まれ・・・ノースダコタ大学<卒。>・・・若い時代から読書家<だったが、>・・・特に禅については禅僧に師事して学び、自らも折を見つけては瞑想するだけでなくバスケットボールの指導にも採り入れている。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%83%B3
ジャクソンは、禅仏教の諸観念と諸訓練を、彼が監督をしている諸チーム・・・に係る仕事に導入した。
彼は、仏教が、彼の諸チームが、バラバラで利己的に動いていたのが統合され無私になるのをいかに助けたか、を説明している。
彼は、選手達と、常に、バスケットボール機械の歯車群としてではなく、総体たる人間達として関わりを持とうと努力し、彼らが自分達の個人的な道徳的諸資質や精神性を発展させることを助けた。
彼は、念的瞑想的な瞑想を訓練に組み込み、仕事に聖なる感覚を吹き込むために諸儀典を用いた。・・・
<また、これに関連する文学と言えば、>ヘルマン・ヘッセ(Hermann Hesse)の『シッダールタ(Sidhartha)』<(注4)>で、題名の人物<たる主人公>が、彼の人生を通じて、ビジネスと精神性とを結合させることに取り組んでいる。・・・
(注4)「20世紀ドイツの作家ヘルマン・ヘッセ(ノーベル文学賞受賞)の小説。1922年に書かれた。釈迦の出家以前の名前を借りて、求道者の悟りの境地に至るまでの苦行や経験を描いている。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%83%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BF
また、バハラティ・ムケルジー(Bharati Mukherjee)<(注5)>の『ジャスミン(Jasmine)』<(注6)>の主人公の生き様も参考になるだろう。>・・・
(注5)1940年~。インドのコルカタ生まれの米国の女性作家で現在UCバークレーの英語学科教授。
https://en.wikipedia.org/wiki/Bharati_Mukherjee
(注6)1989年に出版され、インド人女性が米国の生活に適応すべく悪戦苦闘する姿を描いている。
https://en.wikipedia.org/wiki/Jasmine_(novel)
リンクトイン(LinkedIn)<(注7)>のCEOのジェフ・ウェイナー(Jeff Weiner)<(注8)>は、ダライ・ラマの仏教に、自分がどのように影響を受けてきたかについて、語ったり書いたりしてきた。
(注7)同社は、グーグルと同じく、スタンフォード大のすぐ近くのマウンテンビュー市に本拠がある。
https://en.wikipedia.org/wiki/LinkedIn
(注8)1970年~。ペンシルバニア大学ウォートン校卒(経済学)。
https://en.wikipedia.org/wiki/Jeff_Weiner
彼は、彼自身の仕事人生及び彼の会社、における第一番の管理原則は、情け深く(compassionately)管理(manage)することだ、と考えている。・・・」
⇒驚きましたね。
釈迦の念的瞑想が、GSBのカリキュラムの中で教えられている上、そもそも、スタンフォード大内に念的瞑想センターができていたとは・・。(太田)
6 終わりに
以上の4本のコラム以外にも、GSBの教授達の業績を紹介するコラムが何本か載っていたのですが、比較的技術的でないこの4本に関しては、紹介される教授達も執筆者達も、その自覚がないようだけれど、要は、ことごとく、日本的経営の勧めになっています。
私が留学していた当時にも、日本の高度成長を背景に、日本的経営を研究対象に取り入れている教授もいたけれど、それを、部分的にカリキュラムに取り入れるところまでも行っていませんでした。
それなのに、今や、カリキュラム全体が日本的経営で染め上げられている感があります。
こんな変化が突然起こったはずがないところ、不覚にも、私は、今まで、このような動きに全く気が付きませんでした。
考えてみれば、これは、壮大なパクリ以外の何物でもないわけですが、それが、最先端の学者達によって、無自覚に・・と信じてあげましょう・・行われているだけに悪質というか、情けないというか。
中共当局が、中共のために、日本的経営を含むところの、日本型政治経済体制総体を意識的にパクリつつあると私が見ているところ、当局が現時点でそんなことを明らかにしたら、体制がひっくり返ってしまうでしょうから、明らかにしないことは、大いに理解できる、というものですがね。
対日戦争の共に戦勝国でありながら、属国にできなかった戦勝国の方が、属国にした戦勝国よりも、はるかに、意識的に、深く、広範に日本型政治経済体制を継受しようとしていることは、種々の要因から当然かもしれませんが、皮肉なことです。
GSBが、いつの時点で、パクリを意識的なものへと変換するか、その際、スタンフォード大本体とGSBとでいかなる連携がなされるか、更には、「瞑想」カリキュラムや「瞑想」センターが、日本の家庭・学校・社会教育における人間主義醸成・維持プログラムに係るカリキュラムやセンターへと衣替えするかどうか、注視して行きたいと思います。
(完)
現代米国人かく語りき(その3)
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