太田述正コラム#0339(2004.5.4)
<アングロサクソンバッシング(その3)>

 ちなみにブルマは、アルカーイダ系テロリストのオクシデンタリズムのユニークさは、これまでのオクシデンタリズムとは違って、米国や英国に一片の敬意も払わず、これらを絶対否定と破壊の対象としか見ないという徹底性にある、としています(Buruma)。

 (3)オクシデンタリズム論の種明かし
 一体どのような背景の下で、ブルマらによるオクシデンタリズム論が登場したのでしょうか。

  ア オリエンタリズム論への反発
 まず第一に、オリエンタリズム論への反発です。
つまり、帝国主義時代はいざ知らず、現在では欧米のアラブないしイスラム世界への理解は急速に深まっているというのに、インターネット、テレビがこれほど発達し、国際交流がこれほど盛んに行われるようになった現在、アラブないしイスラム世界側の欧米、就中米国理解が皮相かつ歪曲されたステレオタイプのままであることに対する反発です。
まわりくどい言い方はやめて、より端的に申しあげましょう。
欧米、就中米国の識者の多くは心底、オリエンタリズム、すなわち帝国主義時代のアジアへの侮蔑的見方は、こと当時のアラブないしイスラム世界に関する限り、根拠があったばかりでなく、現在のアラブないしイスラム世界についても根拠がある、と思っているのです。
彼らにしてみれば、オリエンタリズムを具現し象徴しているのがアルカーイダでありタリバンなのです。
というのは、アルカーイダやタリバンは、中世的なカリフ制への復帰を唱えている一方で、自分達自身では逆立ちしても開発し、製造することができないSUV、携帯電話、ビデオカメラや高度な兵器等を駆使しているから(=皮相な欧米理解)であり、アラブ世界のインテリは、米国に来ると言論の自由を謳歌し、米国の中東政策を声高に非難するくせに、中東に帰ると自国の独裁者や検閲に対して卑屈なまでに無関心さを装っているから(=精神分裂症)です。
(以上、Hansonによる。なお、イスラム世界の惨憺たる現状については、コラム#24、202参照。)

  イ ユダヤとアングロサクソンへの憎しみの共通性の認識
 第二には、「物質主義、自由主義、個人主義、人道主義、合理主義、社会主義、デカダンス、そして道徳の弛緩」ないし「都市、ブルジョワ、理性、フェミニズム」(コラム#338)を体現している存在としてユダヤ人も欧州やロシアにおいてかねてから迫害の対象となってきた、という認識です(注5)。

(注5)アングロサクソン諸国においてもユダヤ人迫害がなかったわけではないが、欧州やロシアとは比べようもない。このことはアングロサクソン諸国と欧州おけるかつての「魔女」迫害程度の違いの問題とあわせて、改めて論じたい。

ユダヤ人差別と基本的に無縁だったアラブないしイスラム世界に、反ユダヤ意識をナチス(欧州)から継受して持ち込んだのがパレスティナ解放運動であり(コラム#75)、この運動がイスラエルによって挫折を続ける中で、反ユダヤ意識はイスラム世界全体に広がって現在に至っています。(マレーシア前首相のマハティールの反ユダヤ発言についてはコラム#173参照。)
このイスラエルを、自由・民主主義を共有するがゆえに米国が擁護してきたこともあり、イスラム世界において以前から存在する反アングロサクソン意識・・イスラム世界の多くが、英国の植民地や保護国であった歴史を持つとともに、現在に至るまで英米の石油資本の影響下に置かれてきた・・と反ユダヤ意識とは、先の大戦以降、相互に補強しあう形で次第に高まってきたわけです。
これが2001年の9.11同時多発テロで頂点に達した、アルカーイダ系の対米テロの背景です。
この同時多発テロ以降、米国が英国とともにアフガニスタンやイラクの政府を転覆させ、これに対する抵抗運動が継続する中、イスラム世界における反アングロサクソン意識と反ユダヤ意識は一層亢進しています。
ユダヤ人であるマルガリットが、ブルマとともにオクシデンタリズムを語り始めたことには必然性がある、と私には思えるのです。
(以上、書評1をヒントにした。)

(続く)