太田述正コラム#0340(2004.5.5)
<イラクの現状について(号外篇1)>

1 イラク人収用者虐待事件をめぐって

 (1)始めに
 イラクの米軍がイラク人収用者を虐待したことが明るみに出(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A57849-2004Apr30.html(5月1日アクセス)等)、米国は世界中から囂々たる非難を浴びています(注1)。

 (注1)英軍の方の話には信憑性に疑問を投げかける声も出ていることから、米軍の方の話に限定することにします。

 現在イラクには収容所(拘置所兼刑務所)が16カ所あり、127名の外国人を含む約11,000人の収用者がいます。このうち4,500名が、虐待が行われたとされているアブグレイブ(Abu Ghraib)収容所に収用されています(http://www.atimes.com/atimes/Middle_East/FE05Ak01.html。5月5日アクセス)。
ゲリラもテロリストも、暴徒や一般刑事犯の一部も、みんな一緒に収容されているようですが、これは、いずれもイラクの治安の悪化の原因者であることに変わりはなく、また実際に同じ穴の狢であることが少なくないからでしょう(注2)。

(注2)ただし、検問所や一般住宅から無差別に選ばれた、このいずれでもない、全く無実の人間がアブグレイブ刑務所収用者の約6割を占めているとの報道がある(http://www2.asahi.com/special/iraqrecovery/TKY200405030197.html。5月5日アクセス)。これが事実だとすれば、言語道断だと言うほかない。

 虐待内容として報道されているのは、耳目を集めたサディスティックやマゾヒスティックな行為(サドマド行為)(ワシントンポスト前掲等)のほか、「蛍光灯を割って蛍光液をひっかける、裸体にして冷水を浴びせる、箒の柄や椅子で叩く、男性をレイプすると脅す、壁に叩き付けてできた傷を看守が縫い合わせる、蛍光灯や恐らく箒の柄を肛門に突っ込む、軍用犬をけしかけて脅す、しかも実際に噛みつかせたケースが少なくとも一回」(http://www.atimes.com/atimes/Middle_East/FE04Ak01.html。5月5日アクセス)です。

 (2)厳しい尋問の必要性
上記虐待が行われたのは収容者尋問の過程であるとされています。 
そもそもなぜ厳しい尋問が必要なのか、米軍の論理を、私見を交えつつご紹介しておきます。

 もともと戦争捕虜の尋問に当たっては、どれだけ情報が引き出せるかに自軍の戦闘目的の達成と自軍の兵士の生命がかかっていることから、一般刑事犯の取り調べでは考えられないことですが、捕虜に対し、嘘をついたり、袋を頭にかぶせたり、不快な場所に拘禁したりしてストレスを与える手法がとられることは日常茶飯事のようです。
 イラクでの収容者の尋問にも米軍の戦闘目的の達成と米軍兵士の生命がかかっている点に変わりがないだけでなく、テロリストの尋問には米国本国の一般市民の生命もかかっていると言っても過言ではありません。
 しかも、イラクでの収容者の法的地位は国際法やイラクでの収容当局たる米国の国内法上はっきりしないことから、捕虜の取り扱いに関するジュネーブ条約が適用されるわけではなく、米国憲法等で謳われている刑事被疑者や被告人の権利が保障されているわけでもありません。
 なぜなら、テロリストは交戦者なのか一般刑事犯なのか定かではありませんし、ゲリラも現在のイラクでは戦闘服を着用していないことから、捕まった者がジュネーブ条約に言う捕虜であるとは言えませんし、一般刑事犯についても、テロリストやゲリラのために、資金稼ぎ行動や米軍等への協力者たるイラク人の「処罰」行動をとった、テロリストやゲリラのシンパである可能性があるからです。
 似たようなケースの先例があります。
 アフガニスタン等でとらえられたタリバンやアルカーイダ系テロリスト関係者です(コラム#5)。
彼らはキューバのグアンタナモ米軍基地に収用され、彼らに対しては通常の戦争捕虜に対するものよりはるかに厳しいストレスを与える尋問手法がとられてきました。
 その手法とは、収用者の生体リズムを失調させるために強い光をあてたり睡眠をさせなかったり、食事を与えなかったり不規則に与えたりする、あるいは狭い場所に押し込んで横になることも立つこともできなくしたり、強制的に長時間立たせておいたりすることで、収用者の抵抗意思をなくさせるというものです。
 ただし、このような尋問手法をとる際には、権限ある士官による許可が必要です(http://news.ft.com/servlet/ContentServer?pagename=FT.com/StoryFT/FullStory&c=StoryFT&cid=1083180272695&p=1012571727102。5月5日アクセス)。
 昨年9月、グアンタナモ米軍基地の収容所の少将を頭とするチームがイラクに派遣され、収容者に対する尋問の仕方を指導した結果、看守の協力を得なければできない上記の尋問手法がイラクでもとられるようになったようです(http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,2763,1209025,00.html。5月4日アクセス)。
(以上、特に断っていない限り、http://www.csmonitor.com/2004/0505/p01s01-usmi.html(5月5日アクセス)による。)
 ここまで行けば虐待であり拷問ではないかと思われるかもしれません。現に虐待が原因で死者が少なくとも一人出ているとの報道がなされています(朝日前掲)。
 しかし、米軍当局としては、厳しい尋問と虐待ないし拷問との間には超えてはならない一線があると考えているようです。
 少なくともはっきりしていることは、今回報道されたようなサドマゾ行為等は、虐待であり拷問である、ということです。

 (2)虐待を行った者の愚かしさ
 ところがこのサドマゾ行為等の虐待がアブグレイブ収容所で行われ、しかもそれが明るみに出てしまいました。
虐待者は信じ難いほどの愚か者であったと言うべきでしょう。

 第一に、これでは尋問目的が達成できないことです。
 こんなことをすると被尋問者は硬化するかウソを言うようになるのであって、およそ無価値な情報しか得られなくなってしまうことが過去の経験から明らかになっている(クリスチャン・サイエンス・モニター前掲)ことを彼らは知らなかったとでもいうのでしょうか。

 第二に、サドマゾ行為はイラク人にとって最も屈辱的な行為であることです。
 イスラム世界では裸体になることはタブーであり、配偶者の前で全裸になることすらはばかられるという(アジアタイムス前掲)のに、収監者を全裸にさせました。
 また、男同士の性行為はタブー中のタブーだというのに、この性行為の疑似行為を行い、また互いに行わせたのです。実際の性行為も行われたとの報道すらあります。
 そもそも、同性愛自体がイスラム世界ではタブーなのです。
 昨年の4月、国連人権委員会にブラジルが欧州諸国の協力の下に「その人の性的志向をもとに世界で人権の侵害が行われていることに深い憂慮の念を持つ」という決議案を上程しました。しかし、サウディ、パキスタン、エジプト、リビア、マレーシアの五つのイスラム諸国がこれを採択することに強硬に反対し、結局議論は先送りされることになりました。
 大部分のイスラム諸国では、同性愛は違法(注3)であり、中には死刑が科される国まであります。(同性愛と言ってももっぱらゲイを指し、レスビアンについては殆ど言及されません。)もとより、実際に取り締まりが行われるようなことは殆どないオマーンのような国もありますが、エジプトのように、おとり捜査まで使って積極的に取り締まりが行われている国もあります。
(以上、特に断っていない限り、http://www.guardian.co.uk/elsewhere/journalist/story/0,7792,945884,00.html(2003年4月30日アクセス)による。)

 (注3)このような考え方は、日本や古代ギリシャのように、同性愛に対して寛容な文明からすれば笑止千万であるし、かつて同性愛に対して非寛容であったキリスト教諸国にあっても戦後考え方が大きく変わり、(これもまた行き過ぎの感は否めないが、)今や同性同士の法的婚姻を認める国まで出てきているという時代の変化にも全くそぐわない。

 虐待者は以上のような事情を恐らく知らなかったのでしょうが、収用者を裸にしたり、収用者を「性的行動」の対象にしたというのですから、彼らの蛮勇にはあきれるほかありません。

 第三に、彼らが虐待の証拠を残したことです。
 この種虐待者は、証拠を絶対に残さないようにするのが通例であるところ、サドマゾ行為の記念写真をポーズまでとって多数残したというのですから、何をかいわんやです。

(続く)