太田述正コラム#7806(2015.7.24)
<資本主義とポスト資本主義(その4)>(2015.11.8公開)
 所有の新諸形態、貸付の新諸形態、新法的諸契約、すなわち、ビジネスの全てのサブカルチャーが過去10年間に出現したところ、メディアはそれを「シェア経済(sharing economy)」と称した。
 「コモンズ(commons)」<(コラム#5674、6859、6873、7530)>だの「ピア・プロダクション(peer-production)」<(注7)>だのといった専門用語群がまき散らされたが、この展開が資本主義自身にいかなる意味を持つのかを問いかける者は殆んどいない。
 (注7)「不特定多数の人がそれぞれの情報や知識を集め、Web上で共有しながら発展させるというもので、インターネットの百科事典ウィキペディアや、アマゾンのレビューなどがこれにあたる。・・・ピア・プロダクションにおいては誰でも参加することができ、金銭のやり取りが行われないのが一般的だが、今後はここを基盤としたビジネス取引のモデルも多数予測されている。」
https://www.blwisdom.com/dictionary/item/6445-001291.html
⇒17世紀末以降の日本の山林(≒里山)(「江戸期の里山は国家(将軍家や藩)が所有し民間の利用を認めないもの(御建山などと呼ばれる)、土地は民間所有(入会地形態)であっても木材は国家所有で伐採には国家の許可が必要なもの(御留山や御用木と呼ばれる)、土地も木材も民間所有(入会地形態)で木材伐採にも官許の不要なもの、個人所有のもの、宗教施設所有で当該宗教施設の為に用いられるものなど多様であった<ところ、>・・・徳川幕府は1666年以降、森林保護政策に乗りだし、森林資源の回復促進と厳格な伐採規制・流通規制をしいた。こうした対策の結果、日本列島の森林資源は回復に転じ、里山の持続可能な利用が実現した。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8C%E5%B1%B1 )は、事実上、世界の、国全域に及ぶコモンズの魁として生まれ、存続してきた、と言えそうです。
 また、江戸時代の「算額奉納の風習」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E7%AE%97
は、世界のピア・プロダクションの魁、と捉えることができそうです。
 すなわち、プロト日本型政治経済体制が成立した江戸時代こそ、人類において、初めて、シェア経済社会の前駆形態が姿を現した、と考えたいところです。
 そして、昭和期に成立した日本型政治経済体制においては、シェア経済社会が、更に深化、拡充して現在に至っている、と見たらどうか、と思うのです。
 (具体的に私見を説明するのは他日を期すことにします。)(太田)
 諸政府が行うことの抜本的変化によって、これらのミクロレベルの諸事業(projects)が、育成(nurtur)され、推進(promote)され、保護された場合にのみ、それは脱出路を提供する、と私は信じている。
 そして、これは、技術、所有、及び、仕事についての我々の考え方(thinking)の変化によって駆動されなければならない。
 「我々が新しい制度の諸要素を創造した時、これは、もはや、単に私が生き延びるためのメカニズム、ないし、新自由主義<(注8)(1228、1231、1235、2076、2290-2、3076、3154、3216、3218、3219、3480、4901、5665、6226、6533、7041、7227)>的世界からの私の安全な隠れ家、ではない、と我々が自分達自身に言い聞かせることができるように・・。
 (注8)Neoliberalism。「1930年以降、社会的市場経済に対して個人の自由や市場原理を再評価し、政府による個人や市場への介入は最低限とすべきと提唱する・・・思想や概念。・・・「価格統制の廃止、資本市場の規制緩和、貿易障壁の縮小」などや、特に民営化と緊縮財政などの政府による経済への影響の削減などの経済改革政策<を提唱。>」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E8%87%AA%E7%94%B1%E4%B8%BB%E7%BE%A9
 すなわち、これは、形成途上にある、新しい生活の形なのである<、と我々は考えなければならないのだ>。」・・・
 <みんながそう考えるようになった>暁には、新自由主義は、繰り返し大災厄的な諸失敗をもたらすべく仕組まれた(programmed)制度である、とみなされ(morph)ていることだろう。
 あえて辛辣な言い方をすれば、新自由主義は、経済諸危機が誰もにとって資するところの、新諸形態の技術的革新<の生誕>に拍車をかける、という200年間にわたる産業資本主義のパターンを破壊してしまったのだ。
 その理由は、新自由主義が、200年間において、その流行(upswing)したゆえんが、勤労階級の、諸賃金の抑制、及び、社会的力と抗堪性の粉砕、を前提としていた点にあったところの、最初の経済モデルだったからだ。・・・
 ・・・<このように見てくると、>情報に与えられた新しい役割は、17及び18世紀における商業資本主義ないし奴隷資本主義と産業資本主義との違いと同じくらい、<産業資本主義とは>違っているところ、新しい、「第三の」種類の資本主義を創造しつつある<ことが分かろうというものだ>。
 しかし、<経済学者達>は、この新しい「認知的(cognitive)」資本主義の動態を描写することに四苦八苦している。
 それには理由があるのであって、<この新しい「資本主義」>の動態が、根本的なところにおいて、非資本主義的だからだ。・・・
 <かくして、>過去25年間にわたって、経済学は、この問題と格闘してきた。
 要するに、全ての主流派経済学は稀少さという条件から出発(proceed)しているのだが、我々の現代世界における最もダイナミックな力は、豊富さ(abundant)なのであって、ヒッピーの天才たるスチュアート・ブランド(Stewart Brand)<(注9)>がかつて吐いたように、「自由たらんと欲している」の<で悩ましいの>だ。・・・
 (注9)1938年~。「<米>国の作家、編集者。・・・スタンフォード大学を卒業。その後、軍に入隊、二年後に除隊。・・・『全地球カタログ』の編集および制作者としてよく知られている。同誌は、ヒッピー文化を紹介する雑誌であったが、ハッカー文化をも取り上げた。・・・現在はロング・ナウ協会(THE LONG NOW-The Long Now Foundation)の代表をしている。<同>協会は1996年設立された民間の団体である。「よりゆっくりに、よりよく」という考えを促進するために、今日の「より早く、より簡単に」考え方を強調するようなプロジェクトを行っている。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%81%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89
 <新しい「資本主義」がまだ本格的に到来していない現在、>封建制末の長期停滞の現代的相当物であるところのものが、第三世界における産業革命の失速した離陸<という形で現れている>。
 すなわち、オートメ化によって<、世界全域で>仕事<そのもの>を急速に消滅させる<ことができるようになりつつある、というのに、そうなる>どころか、我々<人類>は、デイヴィッド・グレーバー(David Graeber)が呼ぶところの、低賃金の「ゴミのような職群(bullshit jobs)」を<第三世界において>創造する、という惨めな境遇にある。
 こうして、<現在、>多くの諸経済社会は停滞してしまっているのだ。・・・」
⇒メイソンが、産業資本主義初期における、失敗に終わるべくして終わった反産業資本主義運動たるラッダイト運動とは違って、新自由主義を、産業資本主義末期における、新しい「資本主義」への移行を促す(少なからず政府を巻き込んだ形での)新ラッダイト運動的に捉えているのは興味深い視点です。
 さて、前述したように、日本は、江戸時代において、早くも新しい「資本主義」的な社会を構築し、昭和期において、新しい「資本主義」社会への移行を終えて現在に至っている、(だからこそ、共産主義者の巣窟となっていた労組つぶしを目的として、英米の新自由主義が名目的に借用されたものの、英米と違って新自由主義社会化することはなかった、)ということに、イギリスの知識人中鋭敏な人々が気が付くのは目前だな、という印象を、私は、メイソンの新著の要約を読んで持ちました。
 いや、実際には、既に気が付いているのかもしれない、という気持ちを私に抱かせたのが、日本の日経にFTが買収されることを、あえて、イギリスのFTオーナー会社である、一流会社のピアソン
https://en.wikipedia.org/wiki/Pearson_PLC
が選択したことです。
 その裏には、世界の未来を先取りしている経済社会を熟知している経済紙にFTの未来を託すという気持ちがあった、と思いたいところです。
 FTについては、「ロンドン証券取引所の株価指数はFTSE 100と呼ばれ、FTSE社によって算出されているが、これはもともとFTとロンドン証券取引所 (London Stock Exchange) の共同出資によって設立されたものだった」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%82%BA
点は、東京証券取引所と日経の関係と一見似たところがありますが、両取引所の格が違いますし、何と言っても、FTは、経済メディアとして、客観的に世界一信頼されているところの、
https://en.wikipedia.org/wiki/Financial_Times
いわば、世界の宝なのですからね。(太田)
(完)