太田述正コラム#0349(2004.5.14)
<新悪の枢軸:中国篇(その3)>
より深刻な問題は、中国の自由・民主主義化の停滞です。
3 人権状況改善の頓挫
(1)人権状況への懸念
4月の初め、パウエル米国務長官は、中国における人権侵害批判を国連人権委員会に求める決議が米下院で402対2の圧倒的大差で可決された直後、中国の人権侵害状況は悪化していると下院で証言しました。この背景には、中国の人権状況への懸念と同時に、香港の民主化や台湾の陳水扁政権への中国政府の干渉への反発があると思われます(http://news.ft.com/servlet/ContentServer?pagename=FT.com/StoryFT/FullStory&c=StoryFT&cid=1077690879086&p=1045050946495。3月5日アクセス)。
米国政府は結局、(昨年だけは対テロ戦争への中国の協力に配慮して差し控えた)国連人権委員会への付託を行ったのですが、これが人権委員会での決議に至らなかったことは、以前(コラム#325)に申し上げました。
(2)その原因
どうして中国の人権状況の改善が頓挫しているのでしょうか。
帰する所は共産党一党独裁制だから、ということになるわけですが、具体的には、いまだに司法の独立と表現の自由が認められていないことが原因だと思います。
ア 司法の党への従属
殺人容疑で逮捕されたある暴力団組長に対し、中国の高等裁判所は、第一審での死刑判決を(事実上の)無期懲役判決に減刑しました。本人の自白調書があったのですが、弁護士の努力の結果、異例にも8人もの看守が、これは拷問の結果の自白だと証言したためです。しかし、最高裁判所は昨年12月、何名もの裁判官の抵抗を押し切って、高等裁判所の無期懲役判決を再び覆し、この暴力団員に死刑を宣告し、死刑はただちに執行されました。中国共産党政法委員会の指示があったからです。
中国では拷問の結果得られた自白は法廷で使用できないことになっていますが、実際には警察は拷問を取り調べの常套手段にしています。しかも、中国では裁判所より警察の方が力を持っています。そしてその上に党が鎮座しているわけです。
実は、これは最高裁判所が一般刑事事件を手がけた初めてのケースなのです(それまでは一般刑事事件は二審制でした)が、中国共産党中央は、拷問の結果得られた自白は裁判では使用できないという判例が確定することを回避したかった上、世論がこの暴力団組長に対し死刑判決を望んでいたことから、最高裁判所に指示を出したものです。
この一例だけからしても、中国は到底法治国家とは言えないことは明らかでしょう。
(以上、http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A22769-2003Dec22.html(2003年12月23日アクセス)による。)
イ 表現の自由の欠如
中国共産党には中央宣伝部(propaganda department)があり、中国のあらゆる表現媒体の事前、事後の検閲を行っています。中央宣伝部は一切書いたり語ったりしてはならない禁止事項まで定めています。現在では、元の交換レートの変更、大卒者の就職難、国有財産の売却から街娼、浮気に至るもろもろが禁止事項にされています。
この中央宣伝部が若干なりとも検閲を緩和する動きは全くありません。
(以上、http://www.guardian.co.uk/china/story/0,7369,1208925,00.html(5月4日アクセス)による。)
(3)明るい兆し?
暗い話ばかり紹介してきましたが、明るい兆しがないわけではないことも記しておくべきでしょう。
暴力団組長の死刑の件については、一般刑事事件が三審制になったのはいいことですし、そもそもワシントンポストがあれだけ掘り下げた記事を書けたのは、司法界や中国共産党中央内に、取材に積極的に協力する人間がいたからであり、このこともいい兆候です。
また、中央宣伝部による検閲の話がある程度オープンになったのは、某北京大学教授による告発があり、しかもこの告発のインターネット版が削除されずにいるからです。この教授が、江沢民派が牛耳る情報宣伝部をにがにがしく思う共産党中首脳の庇護を受けている可能性が指摘されています(ガーディアン上掲)。
もう一つ挙げておきましょう。
これは日本でも報道されたと思いますが、昨年4月にSARSの隠蔽工作を暴いて保健相と北京市長を更迭に追い込み、中国政府の賞賛を浴びた医師が、今度は今年の2月、1989年の天安門事件について、事件当日、89名の銃弾による負傷者が運び込まれたのを直接目にした体験を踏まえ、この弾圧は誤りであったことを認めよ、と全人代と協商会議宛公開状を送付しました(http://www.nytimes.com/2004/03/08/international/asia/08CHIN.html。3月8日アクセス)。
しかし中国政府は、この医師を批判しつつも、迫害はしていません。
あれだけ賞賛した人物を手のひらを返すように迫害するのは格好が悪い、ということなのでしょうが、SARSの時の対応と言い、今回の対応と言い、現在の中国政府指導部には一定の評価ができそうです。
(続く)