太田述正コラム#0352(2004.5.17)
<新悪の枢軸:中国篇(その5)>

 (2)権力にしがみつく中国共産党
 胡錦涛体制のホンネは次のようなものであると考えられています。
 a:共産党による支配は継続する。
b:ただし、人民に奉仕すべく、共産党をより清廉、誠実、効率的、強力にしたい。
c:そのために、共産党内の民主化(党大会に実質的権限を与える、党大会出席者を選挙で選ぶ、現在5年に一度の党大会の開催を毎年とする、等)を、段階を追って慎重に推進する。
d:他方、国の民主化はあくまでも長期的な目標にとどめ、当分の間、これを推進することは控える。

 以上を一言で言えば、共産党の統治能力は向上させたいけれども共産党が権力を失うようなことがないようにする、です。
 しかし、果たしてそんな都合の良いことが可能なのでしょうか。共産党が他の党と全く同じ条件で政権をめぐって競い合うようにならない限り、現在の中国における腐敗の蔓延や社会不満の増大に対処し、持続的経済成長を可能にするような経済改革を実施することなど、不可能なのではないでしょうか。
 しかも現在の共産党内は、党内の民主化ですら、その具体的日程を議論できるような状況にはありません。
 胡錦涛が率いる改革派勢力と胡錦涛の前任者である江沢民が率いる守旧派勢力とがいまだに権力争いを続けているからです。
(以上、http://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A56471-2004Mar13?language=printer(3月14日アクセス)による。)

5 「中華帝国」の遺産

 中国の自由・民主主義化が困難なのは当たり前だ。中国は、自由・民主主義化の前に、或いは一党独裁制の放棄の前に、まず「中華帝国」であることをやめてフツーの国民国家(nation state)或いは国民国家群になる算段を考えなければならない、という指摘があります。

中華人民共和国は、最後の古い「中華帝国」(Chinese Empire)であった清が滅亡した後、これに代わって成立した中華民国なる新しい「中華帝国」の承継国であるとして、上記の指摘を昨年3月に上梓した著書(注12)で行ったのが、米ハーバード大学教授のロス・テリル(Ross Terrill)です。
以下、私見を織り交ぜながらテリルの言わんとすることをご紹介しましょう。

(注12)Ross Terrill, The New Chinese Empire, Basic Books ,2003

中華民国ないし中華人民共和国が「中華帝国」として「新しい」のは、単に最新の「中華帝国」であるだけでなく、欧州の全体主義の考え方を導入した点です。
すなわち、中華民国ないし中華人民共和国の指導者達は、統治の根拠を天命に求め、それが人民の意思に左右されるものであるとは考えていない点では中国の伝統的な帝国と何ら変わりはないのですが、科挙に基づいた家産官僚制に代わって一党独裁制という欧州由来の新しい統治手段を導入し、活用している点がこれまでと違うのです。(テリルはこれをparty-stateと呼んでいます。)
蒋介石が義兄である孫文の跡を継ぎ、中華民国政府が台湾に逃げ込んでからも死ぬまで中国国民党総統職兼国家総統であり続け、息子の蒋経国が更にその跡を継いだことと言い、毛沢東が中国共産党主席として、あたかも中華人民共和国が自分の持ち物であるかのようにやりたい放題のことをやって(例えば、「家臣」周恩来との関係について、コラム#204参照)現役の共産党主席のまま生涯を終えたことと言い、(かつての)中華民国や中華人民共和国の最高指導者達が、中華民国や中華人民共和国の「皇帝」そのものであることを物語っています。
中華人民共和国に的をしぼれば、毛沢東は自分の親族に跡を継がせませんでしたし、クt]�平と江沢民は親族に跡を継がせなかっただけでなく生前に後継者に共産党主席の地位を譲っており、古い中華帝国時代の皇帝と趣を異にしますが、歴代の共産党主席が中華人民共和国の「皇帝」(テリル言うところの�ed emperors)であることに変わりはありません。
(以上、http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2004/05/09/2003154731(5月10日アクセス)及びhttp://www.foreignaffairs.org/20030501fabook11259/ross-terrill/the-new-chinese-empire-beijing-s-political-dilemma-and-what-it-means-for-the-united-states.html(5月16日アクセス)による。)
による。)
 このように「皇帝」が最高権力者として君臨する「中華帝国」は、それが単に様々な国民(nations(複数))を束ねる「帝国」ではなく、国民国家(nation(単数))を装っている無比の文明(civilization(単数))である、というユニークな特徴を持っています(http://www.nrbookservice.com/BookPage.asp?prod_cd=c6178。5月16日アクセス)。
だからこそ、「中華帝国」たる中華人民共和国は、「中華帝国」が世界全体(注13)の華夷秩序の頂点に座するという無比の文明の本来の姿を復活させたいと考えており、また台湾等、古の「中華帝国」の版図であった地域はいつかは取り返したいと考えており、更には、(漢字だけを共有する言語の異なる諸民族からなる)漢人の領域はもとより、漢人以外の民族が住む内モンゴル、ウィグル、チベットをも領土としていることに何の疑問も感じていないのです(http://www.americamagazine.org/gettextbr.cfm?textID=2906&articletypeid=31&issueID=429#。5月16日アクセス)。

(注13)歴史的には華夷秩序は東アジアだけに見られたものだが、清に至るまでの歴代の中華帝国は、東アジアを世界全体とみなしていた。

 また、だからこそ中華人民挙和国は、その対外関係において、無比の文明を体現する者として傲岸不遜な態度をとる一方で、その無比の文明が野蛮な「帝国主義」諸国によって蹂躙された清末から中華民国時代にかけての屈辱をことあるごとに口にし続けているのです(http://articles.findarticles.com/p/articles/mi_m2185/is_5_14/ai_104440397。5月16日アクセス)。

(続く)