太田述正コラム#8018(2015.11.7)
<日進月歩の人間科学(続x37)>(2016.2.22公開)
1 始めに
本日のディスカッションで予告したコラムです。
2つの記事とは次の通りです。↓
A:http://www.theguardian.com/world/2015/nov/06/religious-children-less-altruistic-secular-kids-study
B:http://www.slate.com/articles/health_and_science/science/2015/11/religious_children_are_more_selfish_in_a_sticker_study.html
2 アブラハム系宗教は人の人間主義度を悪化させる
(1)序
「・・・世界人口の84%を占める58億人が宗教的であると自認する。・・・
米国では、成人達の53%が、神を信じることが道徳性のために必要であると考えているが、その数字は、・・・中東では10人の成人達中7人へと高まり、6つのアフリカ諸国では4分の3にまで高まる。・・・」(A)
(2)研究体制
「・・・世界にまたがる7つの諸大学の学者達が・・・シカゴ大学主宰の下に<(B)>・・・行った、この研究は、キリスト教徒の、イスラム教徒の、そして非宗教的な、子供達を対象に、宗教と道徳性との関係を検証した。・・・」(A)
(3)調査方法
ア 全般
「・・・米国、カナダ、中共、ヨルダン、トルコ、南アのほぼ1,200人の5歳から12歳までの(between five and 12)<(注)>子供達がこの研究の対象となった。
(注)「between <A and Bについては、直>訳は「AとBの間に」なので、本来はAとBは含まないはずです。しかし、実際の英語ではこのAとBを「含む」と考えないと意味が通じないことがあります。・・・この点について検証してみましょう。
下記は英英辞書における between の定義です。
●If something is between two amounts, it is greater than the first amount but smaller than the second. (CAMBRIDGE on line)
これを見る限りではAとBは含まれませんよね。しかし、下記の例で上記の訳は当てられません。
●Income tax is one the taxes that you have to pay to the nation. It is the tax for the income you gained between January 1 and December 31 of the previous year.
ここで「1月1日と 12月 31日」はカウントしないわけにいきません。辞書の定義が必ずしも一致しないのが時事英語です。この点を考慮に入れながら最も文脈に合う表現を当てるようにしましょう。
【参考】a. between A and B inclusive とすれば、A と B を含みます。つまり、from A to B inclusive と同様の意味になります。b. プログレッシブ英和中辞典および新グローバル英和辞典では、「数詞の場合、通常AおよびBを含む」と解説しています。しかし、産業翻訳では「曖昧さ」は命取りになるので、英訳の際にはinclusiveを加える方が良いでしょう。
http://d.hatena.ne.jp/jay0123/20100128/1264630814
ここでは、’children aged 5 to 12’という表現が後から出てきたので、私は、’between 5 and 12 inclusive’の意味である、と考えた。
うち、ほぼ24%がキリスト教徒、43%がイスラム教徒、そして、27.6%が非宗教的だった。
<それ以外の、>ユダヤ教徒、仏教徒、ヒンドゥー教徒、不可知論者(agnostic)、そして、その他、の子供達は、少な過ぎて統計的に有意味ではなかった。・・・」(A)
「・・・この研究は思考実験の形をとった。・・・」(B)
イ 調査I
「・・・<調査Iでは、>まず、・・・子供達一人一人に30枚のステッカー(sticker)群が与えられ、<彼らは、>このうちお気に入りの10枚を選ぶように言われ、この10枚は自分のものとして取っておいていいけど、残りは全くステッカーを与えられていない他の子供達に何枚かあげてもいい、という選択肢が<彼らに>与えられた。・・・」(B)
ウ 調査II
「・・・彼らは、押したり突き当ったりし合っている子供達の映像も見せられ、彼らの諸反応を測定(gauge)された。・・・」(A)
(4)調査結果
ア 調査Iの結果
「・・・子供達の出身国、年齢、その他の諸要素にかかわらず、研究者達は、非宗教的諸家庭で育った子供達の方が、ステッカーなしの同僚達に比べて、より多くのステッカー群を与えることを発見した。
宗教的な子供達は、・・・「顕著により少ない分かち合い」を示したのだ。
<彼らは、>小ちゃなしみったれ達だ、というわけだ。・・・」(A)
「・・・(キリスト教とイスラム教という)二つの主要世界宗教のどちらか<の教徒であること>を自認する諸家庭出身の子供達は、非宗教的諸家庭出身の子供達よりも、利他性度が低かった・・・。
<このうち、>通常、宗教に、より長い間晒されてきたところの、比較的年長の子供達は、「<利他性度において、>最も否定的な諸関係を示した。」・・・」(A)
イ 調査IIの結果
「・・・この研究は、「宗教性は子供達の厳罰的諸傾向を促進(affect)させる」こと、を発見した。
宗教的な諸家庭出身の子供達は、「しばしば、他者達の諸行動に対して、より即断的(judgmental)であるように見える」、とこの研究は言う。
イスラム教徒たる子供達は、キリスト教徒たる諸家庭出身の子供達に比べて、「人間が相互に加え合う危害(harm)をより卑劣である」、と判断し、非宗教的な子供達は<、この両者に比べて、>最も即断的ではなかった。
イスラム教徒たる子供達は、キリスト教徒たる、或いは、非宗教的な、諸家出身の子供達に比べて、より過酷な処罰を求めた。・・・」(A)
ウ その他の調査結果
「・・・同時に、この報告書は、宗教的な両親達は、そうでない両親達に比べて、自分達の子供達が「他者達の境遇により共感的かつより敏感」である、と「より見なしがち」である、と言う。・・・」(A)
(5)総括
「・・・<この研究は、>宗教が、必ずしも、より道徳的な存在になるための基盤を提供しないことを示している。・・・」(B)
「・・・<この研究は、>宗教的な諸家庭出身の子供達の方が、より利他的で他者達に対してより親切である、との常識かつ人気ある仮定を否定(contradict)するものだ。
・・・<換言すれば、>道徳的論議(discourse)の世俗化は、人間の親切さを減じはしないのであって、実際のところ、まさにその逆をもたらすのだ・・・。・・・」(A)
「・・・研究者達は、宗教的諸家庭で育てられた者達は、実際、彼らの非宗教的な相手方達に比べて、より利己的であることを発見したのだ。・・・」(B)
「・・・調査者達は、気前の良さ(generosity)の度合いにおいて、キリスト教として育てられた子供達とイスラム教徒として育てられた子供達の間で差がないことを発見した。・・・
もちろん、ステッカー群を分かち合うことは小さなことだが、調査者達は、非宗教的諸家庭の方が、彼らのちびちゃん達に気前の良さと利他性の感覚を醸成するのに長けている、と結論付けたのだ。・・・」(B)
(6)どうしてそうなのか
「・・・どうしてそうなのか。
非宗教的諸家庭は、子供達に、道徳的諸結論を形成するにあたって、諸法や諸規範(codes)ではなく、理性(reason)と論理を用いることを奨励するからかもしれない。
「もしあなたが、道徳的ふるまいを教え導くために、諸物語、諸譚(tales)、そして、諸超自然的諸存在、に拠ることができなければ、残されたものは、理性的推理(rational reasoning)しかない<からだ>。」・・・
それに加え、この論文は、キリスト教は、諸行動を、その間に灰色の濃淡なしの、正(right)と悪(wrong)とに分離しがちだ、と言う。
この二値的世界観は、有用な道徳的準拠点を提供することができるけれど、我々が、毎日の諸生活を構成しているところの、微妙で複雑で全くもって明白度が小さいところの、倫理的諸ジレンマを処理するにあたっての、指針(guidance)を与えてはくれないのだ。・・・」(B)
⇒私は、これまで、キリスト教(やイスラム教)のおぞましさについては、様々な角度から論じてきたところですが、機会があれば、もう一度、かかる観点から再整理してみたいと思います。(太田)
(7)その他
「・・・この研究における諸発見は、米国が宗教的でなくなりつつあることから、<米国の>将来にとって幸先の良いものだ。・・・
⇒私が、つい最近記した仮説、「このところ、米国の離婚率、堕胎率、粗暴犯罪発生率、殺人率が下がってるって話が改めて記されているが、何ということはない、これ、同国で、キリスト教信仰が形式的にも実質的にも衰えてきたからだ、と考えれば説明がつくよな。」(コラム#8009)が検証されましたね。(太田)
・・・オランダ、スウェーデン、デンマーク、日本、ベルギー、及び、ニュージーランド、を含むところの、最も低い諸水準の宗教性を有する民主主義的な諸国は、同時に、最も低い暴力諸犯罪率と最も高い幸福(well-being)の諸水準を享受している。・・・」(B)
⇒幸福の指標は、欧米諸国に有利な形で歪んでいるものばかりであるために、日本が目立たないわけですが、前にも記したように、このことは、欧米諸国にとって不幸であって、中共が日本化戦略を追求してきていることに、欧米諸国が気付くことも困難にしているわけです。(太田)
(8)批判
「・・・この研究は、小さい子供達に焦点を当てているが、彼らは、「宗教と気前の良さの関係を理解するための真に最善のテストケースではない。・・・」・・・」(B)
⇒年長の子供の方がより傾向がはっきり現れる、という結果も出ているのですから、いわんや大人においてや、でしょう。(太田)
3 終わりに
シカゴ大学が主宰した研究だというのに、英国のガーディアンと、米国では、ワシントンポスト系のスレート誌、だけが記事にし、ワシントンポスト本体さえ(電子版で見る限り)記事にしなかったのは、この研究結果が、いかに衝撃的なものであったかを物語って余りあるものがあります。
この研究のおかげで、「アブラハム系宗教は、非人間主義化に<つい>て最も誤った処方箋を考え出した大宗教系だが、その結果、世界中に紛争、暴力、戦争を蔓延させた」(コラム#8003)、という私の指摘は、明確な実証的根拠を与えられたことになります。
アブラハム系宗教のうち、ユダヤ教はさておき、非人間主義化作用は、キリスト教よりもイスラム教の方が大きいことも明らかになったわけです。
とまれ、非人間主義的なキリスト教の敬虔な信者が多いために、人種差別と暴力の巣窟となったところの、(アングロサクソン文明と欧州文明のキメラの文明の国たる)米国が、先進超大国に成り上がったことで、先の大戦以降、人的被害だけでも世界に未曽有の大災厄をもたらしたことは、必然であったと言うべきでしょう。
それに比べれば、発展途上国ばかりで、しかも、分立状態のまま内部抗争等に明け暮れているところの、イスラム世界が、キリスト教よりも更に非人間主義的なイスラム教徒のしかも敬虔な信者が更に多いとはいえ、テロリズムや難民等でその他世界に災厄をもたらす程度などたかが知れています。
米国の知識層は、まず自らのリベラルキリスト教性を廃棄した上で、米国内のキリスト教原理主義の根絶を図りつつ、イスラム世界に向けてイスラム教の廃棄を訴える運動を起こすことで、米国が20世紀に犯した空前の罪の罪滅ぼしをすべきでしょう。
もとより、日本も、「独立」を果たした上で、中共(或いはその後継国)と提携しつつ、本件で米国を強力に支援すべきですが・・。
日進月歩の人間科学(続x37)
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