太田述正コラム#0363(2004.5.28)
<アブグレイブ虐待問題をめぐって(その1)>
イラクのアブグレイブ収容所での米軍による収容者虐待事件が露見したのは、ある米兵の内部告発を受けて米軍が調査に乗り出し、その調査報告書がマスコミに流れ、米国政府の反対を押し切って報道したからであり、米国では政府の自浄能力が失われておらず、マスコミも「健在」であることに、米国と同じ自由・民主主義国日本の国民である私は妙な安堵感を覚えました。
その後英米では、執拗に犯人捜しが行われています。
「犯人ははっきりしている。虐待行為に関わった看守や尋問担当者やその上司達が犯人であり、彼らは順次軍法会議等で処断されつつある。」とおっしゃるのですか?
実行犯及び直接の管理責任を問われているその上司達が行政的司法的に責任を追及されていることに間違いはないのですが、何が彼らをそうさせたのか、について侃々諤々の議論が続いている、ということです。このように英米社会がこの事件を深刻に受け止め、真剣に原因解明に乗り出していることにも敬意を表したい気持ちです。
1 何が彼らをそうさせたのか
(1)始めに
犯人については、私が気が付いた限りではこれまで、以下の四つの大分類、13説に及ぶ「容疑者」があげられています。
米国政府 :ブッシュ政権の対テロ戦争戦略、ブッシュ政権上層部、米陸軍、CIA、
英国政府 :英軍、
米国社会 :対アラブ偏見、植民地主義的差別意識、米ポルノ文化、米暴力主義的社会、米陸軍予備役兵の質の低さ、米国の監獄の状況
イラク社会:アラブ・イスラム社会の反映、
人間の業 :行動科学的必然性、
以下、順不同で上記それぞれについてご説明しましょう。
(2)人間の業
もともとアングロサクソンには、自然界のみならず人間界についても経験科学(アングロサクソン的科学。コラム#46)によって説明したいという、ロバート・グロセテスト(Robert Grosseteste)以来の強迫観念があります。
戦後の米国における行動科学(behavioral science)の隆盛はこの伝統に根ざしています。(コラム#357でもその一端をご紹介しました。)(注1)
(注1)1974年、スタンフォード・ビジネススクールで、必修科目の組織行動論(Organizational Behavior)の最初の試験で、「士気の向上は職場のパーフォーマンス向上につながるのだから・・」と答案に書いたところ、教師から、「そんなことは(実験によって)証明されていない」という書き込みと共に答案が返却されてきて軽いショックを覚えたことを今でもはっきり覚えている。
アブグレイブ問題でも、ご多分に漏れず、行動科学の業績(1971年)が引き合いに出されました。この業績とは、スタンフォード大学のズィムバルド(Philip Zimbardo)教授達が行った(私にも聞き覚えのある)実験が明らかにした驚くべき事実です。(以下、http://slate.msn.com/id/2100419/(5月13日アクセス)による。)
この実験では、スタンフォード大学の学生から被験者を募り、囚人と看守役にわけて彼らを長期間缶詰にして、何が起こるかを観察しました。
ズィムバルド教授自身が、次のことが起こったと回想しています。
「看守達は囚人達を裸にし、頭巾をかぶせ、鎖につなぎ、食事や睡眠を奪い、単独で小部屋に閉じこめ、素手で大小便を入れる容器を洗わせた。時にはかかる「娯楽」は性的な様相を帯びた。例えば、囚人達に互いにおかまを掘らせたりした。」
(続く)