太田述正コラム#0370(2004.6.4)
<アブグレイブ虐待問題をめぐって(その6)>

 (7)ブッシュ政権の対テロ戦争
 ロンドンに本部を置くアムネスティーインターナショナルは、5月末に年次報告(http://web.amnesty.org/report2004/index-eng)を出しましたが、その中で、アルカーイダのようなテロリストグループの行為とこれに対する米国等による対応によって、2003年はこの50年来で最も憂うべき人権状況が出来した、と指摘しました。この報告書の記者ブリーフを行ったアムネスティーインターナショナル事務局長は、昨年、カンボジアのポルポト政権による大虐殺に匹敵するような特定の国における大規模な人権蹂躙があったわけではないが、人権蹂躙状況が全世界に広まっていると解説しました。
 そしてこの報告書は、米国の対テロ戦争の論理的帰結の一つがアブグレイブ虐待事件だと言い切っています。
 米国政府は、この報告書に対し、話は逆であって、米国等による対テロ戦争によって5,000万人もの人々(アフガニスタンとイラクの人口の合計プラスアルファ?)が人権蹂躙状況から解放された、と反駁しています。
 (以上、http://www.guardian.co.uk/humanrights/story/0,7369,1225646,00.html(5月27日アクセス)による。)
 私はこの報告書はいささか米国に厳しすぎるように思います。
 ただ、一般論として言えば、米国は、いつ野蛮な行為に手を染めても不思議ではない状況下にあります。
 なぜならば、米コロンビア大学教授のジェフリー・サックス(Jeffrey Sachs)によれば、人間というものは、「我々」と「彼ら」を対置させ、「彼ら」を非人間視することによって内部結束を図る性向があり、その「我々」が経済的困難に陥るか、暴力的状況に巻き込まれた場合、「彼ら」に対して野蛮な行為に手を染めることが往々にしてあるからです。
 サックスは、ナチスドイツの野蛮性(注6)はドイツ民族の野蛮性を示すものではなく、ドイツが高度に文明化した社会であったにもかかわらず、第一次世界大戦の敗北による社会の不安定化、1919年のベルサイユ条約によって押しつけられた過酷な平和、1920年代のハイパーインフレ、1930年代の世界大不況、といった経済的困難によって追いつめられた結果に他ならない、と指摘します。

 (注6)ナチスドイツの野蛮性を代表する(ユダヤ人に対する)ホロコーストがいかなる経過で起こったのかを説明しておこう。
     1939年までは、ナチスはユダヤ人を心理的に追いつめてドイツの外に移住させることを考えていただけだった。
     対ユダヤ人政策に最初の変化が起こったのは1940年のボーランド征服だった。ヒムラー(Heinrich Himmler。1900-1945。ナチスドイツの高官にしてホロコーストの総責任者。http://www.us-israel.org/jsource/Holocaust/himmler.html(6月4日アクセス))は、バルト地方やウクライナ等に居住するドイツ人をポーランド西部に移住させるためにそこにいたボーランド人とユダヤ人をソ連に送り出し、強制労働に従事させて緩慢な死を迎えさせることを計画し、このユダヤ人等を収容所に収容した。ヒムラー自身、この時点ではまだ、ボルシェビキ的な民族の物理的殲滅方式は非ドイツ的であると言明していた。
     ところが、1941年12月にモスクワの郊外でナチスのソ連侵攻の勢いが止まり、もはやユダヤ人「問題」を占領されたソ連に送り込む形で「解決」することが困難となったため、ポーランドで収容されていたユダヤ人を別の形で「処理」する必要が生じた、というのがこれまでの定説だったが、最近新たな有力説が出てきた。
     ホロコーストの開始の引き金となったのは、独ソ戦における「敗戦」ではなく、1941年夏の独ソ開戦だとする説だ。この独ソ戦開戦当時、ナチスの高揚感と無敵感は最高潮に達する一方で、「彼ら」はユダヤ人からユダヤ・ボルシェビキ(Judaeo-Bolshevik)へと拡大し、ナチスはソ連の徹底的破壊とロシア人の大量殺戮を計画した。そして、ユダヤ人に対しても、より過酷な大量殺戮(ホロコースト)が実施されることになったのだというのだ。
(以上、http://books.guardian.co.uk/reviews/history/0,6121,1222639,00.html(5月27日アクセス)による。)

 1990年代のユーゴスラビアで生起し、その四分五裂化をもたらした諸々の内戦、及び内戦に伴う野蛮の応酬は、深刻な経済的困難が引き起こしたものです。
パレスティナ紛争は、暴力の連鎖が泥沼化したものです。
そして2001年の同時多発テロという暴力的一撃が、米国人一般を恐怖に陥れ、米国人一般の間に以前からあったアラブ・イスラムを「彼ら」とする感情に火をつけ、憎しみを生じさせ、米国内においても、そして「戦場」においてはもちろん人権が停止される、全面戦争の形で米国のブッシュ政権は対テロ戦争にのめり込んで行き、現在に至っているのです。まさに米国は、いつ何時野蛮に手を染めるか分からない状況にあります。アブグレイブ虐待事件は、その警報であると受け止めるべきでしょう。
ですから、我々は米国の行動を注視して見守っていくとともに、この観点からも米国の善導に努める必要があるのです。
(以上、特に断っていない限り、http://www.taipeitimes.com/News/edit/archives/2004/05/31/2003157699(5月31日アクセス)による。)

(続く)