太田述正コラム#8140(2016.1.7)
<映画評論46:007 スペクター(その3)>(2016.4.23公開)
 (2)英国の過去の産業力へのオマージュ
 比較的容易に気付くのは、この映画が英国の過去の産業力へのオマージュになっていることです。
 以下で説明するところの、諸種の乗り物の使い方が、そのことを示唆しています。
 この映画では、カーチェース・シーンを含め、(かつての)英国車が活躍するシーンが頻繁に出てくるのですが、登場する車の製造会社の所有者の変遷は次のようになっています。
 銘記すべきは、まだ部分的に英国籍の車だけを主人公に使用させ、外国籍になってしまった車群は、ことごとく悪役側に使用させていることです。
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 ・アストン・マーチン:2車種を主人公が使用。(C)
 「イギリスの乗用車メーカーでありブランドの名称である。・・・
 1987年にフォード・モーター傘下に納ま<ったが、>・・・2007年3月、<ウェールズ出身の>デイヴィッド・リチャーズやクウェートの投資会社2社などにより構成される投資家グループに・・・売却された。株式の一部は、フォードによっても継続保持されている。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%B3
 一旦、米国籍となったのが、かろうじて部分的に英国籍にもどったけれど、再び完全外国籍になりそうで風前の灯火といったところです。
 唯一の慰めは、クウェートが英国のかつての植民地であった点でしょう。
 ・ジャガー(C):主悪役の一の子分が使用。(C)
 「イギリスの自動車メーカー・ブランドである。・・・
 しかし、2000年代後半に入り、フォードグループは経営不振から・・・インドのタタ・モーターズとジャガーおよびランドローバーの売却について交渉を進めた。最終的に、2008年3月26日にジャガーおよびランドローバーはタタに・・・買収された。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%AC%E3%83%BC_(%E8%87%AA%E5%8B%95%E8%BB%8A)
 
 ・ランドローバー:主悪役の一の子分が使用。(C)
 「ランドローバーには英国王室御用達を示すワラントが発行されている。・・・
 1986年からはローバー・グループ、1988年からはブリティッシュ・エアロスペース、1994年からはBMWと・・・親会社<が変わったが、>・・・2000年、BMWは当時のローバー・グループを解体し、ランドローバー部門/ランドローバー・ブランドはフォード社に売却された。2008年、フォードは1989年から所有していたジャガーとともにランドローバーをインドのタタモーターズに売却した。現在、ランドローバーは、ジャガーと単一の自動車会社組織「ジャガーランドローバー」(JLR)、もしくはジャガーカーズ社(Jaguar Cars Ltd.)として運営している。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC
 以上の2社は、いまや、まとめて、インド籍になってしまっています。
 唯一の慰めは、インドがやはりかつての植民地であった点でしょう。
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 ちなみに、車と並んで活躍するのが下に掲げた回転翼機群ですが、当然のように、全て悪役側に使用させています。
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 メッサーシュミット・メルコウ・ブローム(パンフレット)
 「ドイツのダイムラー・クライスラー傘下にあった航空機メーカー。・・・
 ヨーロッパの防衛連携のため2000年にフランスのアエロシパル・マトラ、スペインのCASA、そしてDASAが合併してEADS (European Aeronautic Defence and Space Company N.V.)が創設され、ダイムラークライスラー・エアロスペースはEADSドイツに社名が変わった。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%83%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%82%A6%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%A0
 一貫して生粋のドイツ機です。
 マクドネル・ダグラス(パンフレット)
 「かつてのアメリカの大手航空機製造会社である・・・
 1997年にボーイング社に吸収合併された。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%83%89%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%80%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%B9
 一貫して生粋の米国機です。
 アグスタウェストランド(パンフレット)
 「イタリアのフィンメッカニカの子会社アグスタと、イギリスのGKNの子会社GKN ウェストランド・ヘリコプターが2000年7月に合併して設立された。
 GKNとフィンメカニカ社はアグスタウェストランド社のシェア(株式)を50%ずつ持ったが、2004年5月26日にGKNが・・・フィンメカニカに売却<した。>」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B0%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89
 もともとは半分英国機だったけれど、今ではイタリア機です。
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 唯一、生粋の英国籍の乗り物として気を吐いているのが、当然、主人公に使用させている(C)わけですが、下掲の固定翼機です。
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 ブリテン・ノーマン アイランダー(C)
 「イギリスのブリテン・ノーマンが製造する汎用<双発プロペラ>機。・・・乗員を含め10人をのせることができる。・・・軍用機としては軽輸送や洋上での捜索救難等に使用できる。またディフェンダー(Defender)と呼ばれる軍用専用型は、主翼にロケット弾、爆弾、機銃ポッド等を装備してCOIN機として運用する事も可能である。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3_%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC
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 なお、さすがに、身に着ける小物類になると、英国籍のものだけを主人公に使わせる、というわけにもいかなかったようです。
 主人公愛用の拳銃のワルサー(パンフレット)はドイツ籍ですし、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%83%AB%E3%82%B5%E3%83%BC
この映画における重要なギミックでもある、主人公の時計のオメガ(C)は、ご存知の通りスイス籍です。
 また、主人公のサングラスは、Tom Ford(パンフレット)であり、米国籍と言っていいでしょう。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%89
 唯一、英国籍と言えるのは、主人公の決め衣装たる、白いタキシード(パンフレット)です。
 タキシードそのものが、下掲のように、英国で生まれたものだからです。
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 「1876年、当時のイギリス皇太子エドワード7世<は、>・・・ディナー・ジャケットを考案し、パーティーなどで着用するようになる。・・・
 1890年代に・・・アメリカではタキシードという呼び名が定着した。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%89
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 ご納得いただけましたでしょうか。
(続く)