太田述正コラム#0379(2004.6.13)
<移民礼賛:英国篇(その1)>

1 始めに

 1988年、ロンドンに滞在中にロンドン博物館(Museum of London)を訪問した時のことです。
ローマ時代のロンドン(ロンディニウム=Londinium)の展示が紀元410年のローマの撤退で終わると、Dark Ageを象徴する真っ暗なトンネルを通り抜けないとアングロサクソン時代の展示室には入れませんでした(http://www.museumoflondon.org.uk/。6月13日アクセス)。
 原住民のブリトン人は、ローマが自分でイングランドから撤退した後、文明のレベルが違いすぎてローマ文明を受け継ぐことができなかった(注1)ため、一旦(ロンドンを含む大ブリテン島の)歴史がそこで途絶えてしまい、それからしばらくしてアングロサクソン(=ゲルマン人の支族たるアングル、サクソン、ジュート人がイングランド侵攻後、混血したもの)が本格的に欧州大陸から侵攻し、スコットランドやウェールズといった辺境にブリトン人を駆逐してイギリスを占拠し、ローマ文明とは無縁のアングロサクソンのイギリス史が始まった(このことはコラム#41でも書いた)(注2)、ということをこのトンネルは実に巧みに説明しているな、とその時思いました。

 (注1)当時のブリトン人は書き言葉を持っていなかった。もっともこれは、彼らの口伝重視の文化のせいでもある。(http://www.nytimes.com/2003/05/27/science/27BRIT.html。2003年5月27日アクセス)
 (注2)1991年11月10日付の朝日新聞に掲載された司馬遼太郎「春灯雑記」の一橋大学伊丹敬之教授による書評の中で、伊丹教授(スタンフォード大学当時、客員で来ておられた先生の授業をとったことがある)が、「春灯雑記」から「古代ローマの文明圏の果てながら、イングランドはその内にあり、スコットランドは外にあった。イングランドは国の張りのよすがをローマ文明の矜恃にもち、それゆえに、技術や経済の説明できる範囲を超えて、圏外の国より発展した」という箇所を卓見として引用されており、話があべこべなのでのけぞったことがある。司馬遼太郎も伊丹教授も当時の英国のまともな典拠にあたっておられなかったということだ。

2 イギリス人の素性
 ところが、「アングロサクソンが・・スコットランドやウェールズといった辺境にブリトン人を駆逐してイギリスを占拠し・・た」というのは誤りであることが、ロンドンのユニバーシティ・カレッジの研究の結果、昨年明らかになりました。
 この研究は、Y-クロモゾーン(chromosomes)の比較という手法(注3)を用いて行われました。

 (注3)この手法の説明は煩雑なので省略する。

まず、アイルランドの真ん中あたりのカストレリア(Castlerea)に住んでいる純粋なアイルランド人とブリトン人は同じY-クロモゾーンを持っていると仮定しました。
その時点で早くも面白い発見がありました。カストレリア住民とスペインのバスク地方の住民とがほぼ同じY-クロモゾーンを持っていることが分かったのです。
 ということは、ローマ侵攻(そしてアングロサクソン侵攻)時の大ブリテン諸島の原住民はケルト系だと思われていたところ、実はそうではなく、ケルト文化の影響を受けた欧州大陸先住民(注4)だった、ということです。

 (注4)欧州大陸先住民とは、8000年前に欧州大陸に農業をもたらした非インドヨーロッパ語族の人々であり、3万年前の新石器時代に欧州大陸に初めて移住してきた現代人の子孫と考えられている。アイルランド人とバスク人が同族だとすると、IRAとバスク過激派のテロ活動の同期性と類似性の説明がつくような気がしてくる。
ちなみに、ケルト人は欧州大陸に紀元前2000年から100年頃にかけて欧州大陸の外から移住してきて欧州大陸全体に広がったインドヨーロッパ語族の人々(http://www.crystalinks.com/celts.html。6月13日アクセス)。これまではケルト人が3000年前に大ブリテン諸島に渡来したと考えられていたが、正しくは、1万年前に大ブリテン諸島に移住してきた欧州大陸先住民が、3000年前に、(若干のケルト人の移住もあったのだろうが、)イギリス海峡の向こう側のケルト文化(含む言語)をとりいれた、ということになる。
 
 さて、次にこの研究では、アングロサクソン等、イギリスに侵攻して定着したゲルマン系の人々のY-クロモゾーンを調べました。すなわち、イギリスに侵攻せずに北ドイツに残ったアングロサクソンの現在の子孫(シュレスヴィッヒ・ホルスタイン州)、現在のデーン人(デンマーク)、及びバイキングの現在の子孫(ノルルェー)のY-クロモゾーンを調べたのです。
 そして最後に、大ブリテン諸島の原住民(カストレリアの住民ないしブリトン人)及びアングロサクソン人等と現在の大ブリテン諸島各地の住民のY-クロモゾーンが比較されました。
 その結論は驚くべきものでした。
 現在の大ブリテン諸島中のイギリスの住民は、アングロサクソン人等より大ブリテン諸島の原住民に近い、というのです。
 これは、アングロサクソンがブリトン人を辺境に駆逐したのではなく、ブリトン人が渡来してきた少数のアングロサクソンの文化(含む言語)をとりいれたか押しつけられたことを意味します。
(以上、特に断っていない限り、NYタイムス前掲及びhttp://www.nature.com/nsu/030616/030616-15.html(6月13日アクセス)による。)

要するに単純化して申し上げれば、イギリス人はアングロサクソンではなく、アングロサクソン文化(ゲルマン文化)をとりいれた欧州大陸先住民だ、ということです。

(続く)

<高橋>
>アイルランド人とバスク人が同族だとすると、
>IRAとバスク過激派のテロ活動の同期性と類似性の説明
>がつくような気がしてくる。

昔の欧州テロネットワークの名コンビですからうなずいてしまいますが、Rh式血液型に着目すると、そうでもないらしいです。

> また、バスク人は、東ヨーロッパや中央ヨーロッパから来たケルト人の子孫でもあり得ない。ケルト人は、血液型においてA型がとても多く、B型がそれに続きO型は少ない。一方バスク人は、O型が人口(スペイン在275万人)の大多数を占める。また、全人類の85%がRhプラスである事に対し、バスク人の場合は、85%がRhマイナスであるという特異な事より判断できる。
http://www.kirihara.co.jp/scope/SEP98/tanbo2.html

ただ、Rh??が85%というのは正確でははくて、「Rh??因子を持っているもの(ヘテロ個体+/??と劣性ホモ個体??/??)」が85%と言うべきだそうです。

バスク人:
劣性ホモ個体Rh??(??/??)が33%。ヘテロ個体(+/??)が49%で、「Rh??因子を持っているもの」は合計82%。優性ホモ個体(+/+)は18%。

普通の白人:
劣性ホモ個体(??/??)が16%。ヘテロ個体(+/??)は48%。優性ホモ個体(+/+)は36%。

日本人:
劣性ホモ個体(??/??)が0.6%。ヘテロ個体(+/??)は約15%。優性ホモ個体(+/+)は約85%。
http://www2.nsknet.or.jp/~c-chan/Rhesus.html

Y染色体の配列の類似性とRh??型の遺伝子頻度のどちらを優先すべきか。

<太田>
>昔の欧州テロネットワークの名コンビですからうなずいてしまいますが、Rh式血液型に着目すると、そうでもないらしいです。

その後で引用しておられる典拠は、単にバスク人の血液型上の特異性を示している典拠のように思われますが、違いますか。
バスク人とアイルランド人の血液型を比較した研究はないのでしょうか?

(最近やや落ち目とはいえ、あの)NYタイムスと(かの権威ある)Nature誌に掲載された話なので、一応信頼のおける話と考え、ご紹介させて頂きましたが、いかがなものでしょうか。

蛇足ながら、コラムでchromosomeを「染色体」と訳さなかったのは、いささか手抜きでしたね。

<高橋>
> その後で引用しておられる典拠は、単にバスク人の血液型上の特異性を示している典拠のように思われますが、違いますか。
> バスク人とアイルランド人の血液型を比較した研究はないのでしょうか?

バスクとアイルランドの2者に注目した研究はないようです。
アイルランド人のRh??は16%で白人の平均値ですね。
http://www.ibts.ie/generic.cfm?mID=7&sID=7

   Population        Incidence 
Chinese and Japanese        1%
North American Indian and Inuit 1 – 2%
Indo-Eurasian            2%
African American         4 – 8%
Caucasian             15 – 16%
Basque               30 – 35%
http://www.obfocus.com/high-risk/Rh_disease/rh_diseasepa.htm

バスクの数値が極めて異常なので、仮にバスクと同族だとすると、Rh??の割合に顕著な特徴があると思われます。カストレリア住民のRh??の割合を知りたいですね。

あと、イートン校の生徒の遺伝子検査をすると面白そうです。

<読者β>
> スペイン北部は旧石器洞窟美術の宝庫ですし、
> http://www.dcaj.org/bigbang/mmca/works/01_012.html
> 欧州の人種が地層をなしていて興味深いです。
>
> 1)ネアンデルタール人
> 2)クロマニヨン人(洞窟壁画家?)
> 3)ストーンヘンジ・カルナックの巨石文明人
> 4)ケルト移住以前の欧州先住民
> 5)バスク人(4?)
> 6)ケルト人
> 7)ゲルマン人
> 8)ノルマン人(北方ゲルマン)
>
> ざっと考えただけ並べて見ると、
> 3)から6)の異同関係がわからないですね。
> はたして、バスク人を欧州先住民と断定していいものか?
> いろいろ尽きない疑問がありますね。
>

はじめまして。

ご紹介頂いた、旧石器時代遺跡(洞窟)の分布がカンタブリア海(ビスケー湾)周辺の高地に集中しているのは何故でしょうね。

この地域は大昔土地が隆起して出来たところです。

これといわゆるクロマニョン人との関連。

クロマニョン人は身長が180センチ以上もあり、脳の容量も
現代人より大きいと聞いたことがあります。

現代人よりも進化した人種?クロマニョン人は何物?

点と線を結ぶと...。