太田述正コラム#0385(2004.6.19)
<アングロサクソンバッシング(その9)>
(本篇は、コラム#356の続きです。)
5 欧州における落魄の予感と先祖返り
(1)欧州における落魄の予感
第二次世界大戦後、一貫して「没落」を続けてきた米国と比較すれば、欧州は頑張ってきました。
比較的最近をとっても、世界経済に占める米国のシェアは1985年から2002年にかけて、33.1%から30.8%へと下がったのに、欧州(NATO加盟欧州諸国(加盟国は2002年ベース)で代表させる。以下同じ)のシェアは、24.5%から30.1%へと大幅に伸びています。
軍事費についても欧州は、冷戦崩壊で世界的に軍事費が大幅に削減される中で、1985年には14.6%だったのに、2002年には22.0%へとシェアを大幅に伸ばしています。もっともこの間、米国のシェアも32.5%から39.1%に上昇しています。
(以上、The Military Balance 2003/2004, IISS PP335,340 による。)
しかし、不吉な兆候があらわれています。それは欧州のこのところの経済成長率の低迷です。例えば今年の欧州の成長率は、中国やインドの経済成長率の足下にも及ばぬ2%程度と見込まれています。ちなみに米国経済はその倍の4%成長が見込まれているところです(http://www.nytimes.com/2004/06/09/international/europe/09globalist.html?pagewanted=2&ei=5070&en=5c7e11dd3d24e0fe&ex=1087617600。6月18日アクセス)。
しかし、もっと問題なのは人口の動向です。
18世紀のルソーの予言(コラム#64)にもかかわらず、その後持ちこたえてきた欧州の人口でしたが、欧州から南北アメリカやオーストララシアへまだ移民が行われていた100年前、今日のEU構成国の人口は、世界の14%も占めていたというのに、現在では6%に過ぎず、これが2050年には4%まで低下すると見込まれています。(これに引き替え、米国の人口は2000年から2050年にかけて44%も増えると見込まれています。)(http://www.nytimes.com/2004/04/04/magazine/04WWLN.html。4月4日アクセス)
このような最近の経済成長率の低迷と第二次世界大戦後の人口の急速な相対的減少(近い将来には絶対的減少に転じる)は、欧州の地盤沈下が今後加速度的に進行するであろうことを物語っています。
一体欧州に何が起こっているのでしょうか。
第二次世界大戦後の欧州人口の急速な相対的減少については、以前(コラム#116)、「海の向こうの高い文明」すなわちイギリス(アングロサクソン)文明「に接し、この文明に対して自殺的抵抗と壊滅的な敗北を重ねた後、プライドと自信を失い、人口が減少・・するに至った」ものであり、「第二次世界大戦に至る自殺的抵抗と壊滅的敗北の繰り返しの後の・・心理的自殺行動」であるという説をご紹介したことがあります。
このところの経済成長率の低迷についても、欧州自ら惹き起こした第一次(ナショナリズムに起因)及び第二次世界大戦(ファシズムに起因)で欧州が大打撃を受けたことが今頃になってボディーブロー的にきいてきた、と見ることができます。
つまり、東欧では、戦後ソ連によって押しつけらた共産主義から冷戦崩壊で解放されたものの経済体制の切り替えに苦労しており、他方西欧では、過去の西欧の国々の政府がとった、欧州の人々に惨禍をもたらしたところの冒険主義的対外政策に懲りたあげく、戦後にこれら西欧諸国がとった内向きの社会主義的経済・福祉政策がついに行き詰まってしまった、ということです。
(以上、http://www.nytimes.com/cfr/international/20040301faessay_v83n2_kagan.html(4月8日アクセス)からヒントを得た)。
しかし、これから急速に地盤沈下が進行するのは必至であるとはいえ、昔とった杵柄で、現在の欧州は極めて恵まれた立場にあります。
まず、フランスとそれに(、EUということで考えれば)英国の二カ国が国連安保理事会の常任理事国の座を占めています。G7の蔵相会議となれば、この二カ国に更にイタリアが加わります。IMFの専務理事も伝統的に欧州が独占してきています。
また、OECDの本部はパリにありますし、世界食糧農業基金の本部はローマにあります。
(以上、http://www.taipeitimes.com/News/edit/archives/2004/04/07/2003124562(4月8日アクセス)による。)
今後は、急速な地盤沈下に伴い、このような地位ないし名誉の再配分を、世界、就中第三世界から強く求められて行くであろうという落魄の予感に欧州は苛まれているのです。
(2)欧州における先祖返り
ア 反ユダヤ主義的風潮の復活
地域であれ、国家であれ、個人と同様、落魄を予感した名門ほど始末に負えない存在はありません。そんな時、名門の心の闇に先祖返り的心理が巣くうものなのです。
それが欧州におけるこのところの反ユダヤ主義(Anti-Semitism)の復活であり、その変形としての反イスラエル主義(anti-Zionism)であり、その発展としての反米主義(anti-Americanism)ないし反アングロサクソン主義(anti-Anglosaxonism)なのです。
昔の欧州で見られたところの、ユダヤ教のラビが殴打されたり、ダビデの星の上にナチスの鍵十字が殴り書きされたり、シナゴーグに火焔瓶が投げ込まれたり、といった反ユダヤ主義的事件が現在の欧州で頻発しています。
昔の欧州とは異なるのは、昔はなかったイスラエルというユダヤ国家が存在していることであり、今年に入ってからの世論調査によれば、EUの59%の人々がイスラエルが世界にとって最大の脅威だと考えていることです。
(http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-antisemitism27mar27,1,4265983,print.story?coll=la-home-headlines。3月27日アクセス)
しかも、米国もまた、現在の欧州の人々からは鼻つまみ者的存在となっています。(このことを過去のコラムで何度も指摘した)。
しかし、昔のユダヤ人同様、現在のユダヤ人もイスラエルも、はたまた米国も、三者とも何も悪いところはないのであって、単に欧州における落魄の予感を紛らわすためのスケープゴートにされているだけのことなのです。
欧州の人々は、イスラエルが一度も戦争に負けることが許されないという過酷な状況下で懸命にその生存を図っていることなど全く顧慮することなく、妥協することを知らず、政治的手段よりも軍事的手段を優先し、「中東を支配」しようとしていると言ってイスラエルを批判します。
同様、欧州の人々は米国(及びその米国に追随する英国)に対し、戦争及び危険なナショナリズムないし独裁制を根絶し、平和の砦たるEUを築き上げた我々、戦争を回避し交渉で国際紛争を解決しようとする我々、軍事支出を抑制する我々を見習え、と胸を張り、米国は(英国を手下にして)「世界を支配」しようとしていると批判します(注14)。
(注14)その一方で、欧州の人々は、ファシズムの頸木から西欧を解放したのは米国と英国であり、先の大戦後の西欧の経済再建は米国のマーシャルプランの賜であり、共産主義から西欧を守り、更に東欧を解放したのも米国であったこと等には知らぬ顔を決め込む。
これは欧州の人々が、かつてユダヤ人が「世界を支配」しようとしていると言っていたことの焼き直しであり、ユダヤ人がイスラエルを建国したこと、かつまた米国のブッシュ政権がネオコンに牛耳られておりネオコンにユダヤ系の人々が多いように見えること、を奇貨として、反ユダヤ主義の論理をイスラエル並びに米国(及びその手下の英国)に拡大、ないし類推適用した、ということでしょう。
欧州の人々としては、ホロコーストに至る積年のユダヤ人迫害という恥ずべき大罪を自分達が犯した、という原罪意識を多少なりとも軽減することで、自らの落魄の予感を紛らわすため、ユダヤ人のつくった国であるイスラエルやユダヤ人のお友達である米国(及び英国)だって他民族の迫害を行っている、という自己暗示にかかりたいのです。
しかし、このような反ユダヤ主義の復活の行き着くところは倒錯の世界です。
欧州も被害を被っているアルカーイダ系のテロに関し、スペインの新政権を初めとする欧州の人々は、米国とイスラエルの対テロ戦争はむしろテロリストを増やしているとして、何と米国とイスラエルを非難の矛先を向けているのです。
(以上、http://www.taipeitimes.com/News/edit/archives/2004/06/17/2003175429(6月18日アクセス)による。)
(続く)