太田述正コラム#0391(2004.6.25)
<二人の韓国人をめぐって(その1)>

 二人の韓国人の生き様を通じて韓国の現状について考えてみたいと思います。
 一人は英雄譚の主人公、もう一人は悲劇の主人公です。皆さんの記憶に新しい後者から話を始めましょう。

1 金鮮一

 拉致されていた金鮮一(Kim Sun-il)氏は、イラク時間で6月22日頃(まだ確定していない)、イラクで首を切断されて殺害されました。(その一部始終を撮影したビデオテープ(テープc)があり、殺害部分を除いて同日アルジャジーラで訪映された。殺害部分を含め、インターネット上に流出している。)
 日本のネチズンの世界では、楽天系では哀悼の声が多く、2チャンネル系では、日本人で拉致された二組計5名に対してと同様、厳しい声が多いようですが、あらゆる意味で極めて後味の悪い事件でした。
 (以下、朝鮮日報(電子版)の英語版と日本語版以外によった場合にのみ典拠を記す。ただし、すべて6月25日アクセス。)

 第一に、金氏の雇用主についてです。
金氏が拉致されていることが分かったのは、6月21日にアルジャジーラが、犯人達が送りつけてきたビデオテープ(テープb)を放映したからですが、既に、恐らく金氏が拉致された日である5月31日(これもまだ確定していない)から3週間もたっていました。金氏の雇用主たる、イラク駐留米軍への食材提供を業務としている商社の社長(在イラク韓国人)が、金氏の拉致を在イラク韓国大使館等に知らせなかったことが原因です。これは、会社がイラク内で営業を続けられなくなることを懼れ、内々に拉致問題を処理しようとしたためだろうと囁かれています。この間、営利目的の拉致犯がこの社長の対応ぶりに業を煮やし、過激派に金氏を引き渡したのではないか、とも言われています。
 第二に、韓国政府についてです。
AP通信が、6月初めに金氏の尋問場面の入ったビデオテープ(テープa。韓国時間の6月24日米国で放映)を入手した後、6月3日にソウル支局を通じ、韓国の外交通商省に「金鮮一という名前の韓国人がイラクで失踪したか」について問い合わせたが、外交通商省の関係者は、「いかなる韓国人も失踪したり逮捕されたことを知らない」と答えただけで、何もせずに事態を放置しました。
 また、拉致が明るみに出てから外交通商省は、民間警備会社に対処を依頼したとも言われています。営利目的の拉致であればともかく、これでは政府としての責任の放棄であるとの誹りを受けても致し方ないでしょう。
 韓国のノ・ムヒョン大統領は異例にも、本件の主務官庁である外交通商省の対応が適切だったかどうか調査するよう、監査院(なんて役所があるのですね)に要請しました。
 第三に、金氏自身についてです。
 金氏(1970??2004年)が、アラブ圏での宣教師になりたいと考え、苦学して4つの大学と1つの大学院でアラビア語、英語、神学、宣教学などを勉強してきた人物であり、また前述のように、イラクで、米軍に物資を供給する会社に勤務していたことを頭に入れて、以下を読んでください。
 テープaでは、犯人は映っておらず、また犯人側から韓国政府等に対し何の要求も出されていませんが、犯人の質問に対し金氏は英語で、イラクにはアラビア語をもっと勉強するために来た、イラク人は好きだしとても親切だ、バグダッドでイラク人の物乞い達に一度カネを与えたことがある、と述べた上で、自分は米軍に物資を供給する仕事をしているが、ブッシュ大統領はテロリストであり、米国はイラク戦争を石油のために引きおこしたのであり、ファルージャの米軍基地に行った時に銃をつきつけられて壁に押しつけられ体中を点検された、だから米国は嫌いだと述べています。
 テープbでは、犯人側から、韓国政府に対し、24時間以内にイラク駐留韓国軍を撤退させるとともに追加派兵決定を取り消せ、さもなければ金氏を首を切断して殺害する、という声明がアラビア語で行われた後、金氏より、英語で悲痛な呼びかけがなされています。(テープcでの呼びかけと同趣旨なので略す。)(http://www.cnn.com/2004/WORLD/meast/06/20/iraq.hostage/
そして最後のテープcでは、金氏より英語(ママ)で、To President Roh Moo-hyun. I want to live. I want to go to Korea. Please, don’t send to Iraq Korean soldiers. Please, this is your mistake. This is your mistake. Many Korean people don’t like their to send to Iraq. All Korean soldier must be out of Iraq. Please, please this is your mistake. Why do you send why did you send Korean soldiers to Iraq? To my all people all Korean people please help me. Please, President Bush, please President Roh Moo-hyun. Please I want to live, I want to go to Korea. と呼びかけがあり、犯人側から韓国政府が要求に応じなかったので金氏を殺害するとの声明がアラビア語で行われ、その直後に金氏は殺害されています。
 第四に、金氏の家族についてです。
 ノ・ムヒョン大統領から、金氏の死亡が明らかになった後に弔意を示す花輪が金家の殯所に届けられたのですが、金氏の妹は、つけられていた大統領の名札をはがして捨てました。
第五に、犯人についてです。
金氏を殺害後犯人達は、自動車の中から金氏の首と身体とを投げ出して逃げて行ったようですが、身体にはおとり爆弾(boobytrap)が仕掛けられていました。これはイラクでのこれまでの外国人拉致事件では前例のないことであり、死者への冒涜行為です。(http://english.donga.com/srv/service.php3?bicode=060000&biid=2004062485178
 第六に、米国の某サイトについてです。
 このサイトでは、金氏の斬首場面を映画に見立て、嘲弄的な「チョップスイ(Chop Suey=中華丼)」という題名を付け、コピーを、金氏の名前の一部と同じ発音の「ILL」という単語を使って「最新テロリストビデオで、金鮮一壊れる(Kim Sun Il gets ILL in this latest terrorist video)」とつけ、「主演:悲鳴の女王 金鮮一(stars scream-queen Kim Sun-Il)」と続けた上で、金氏を「犬を食べる韓国人(a dog-eating Korean)」と形容しました。

(続く)