太田述正コラム#0399(2004.7.3)
<気候と歴史(その3)>

 (メタンガスに言及した部分の誤りを訂正した上で、前回のコラムをホームページに再掲載しておきました。)

5 イラク・気候・歴史

 現在世界中の関心がイラクに向けられていますが、私は関心が向けられて当然だと思っています。今まで既に色々な角度からその理由を説明してきたつもりですが、この際、気候と歴史の観点からの説明を試みてみましょう。

 (1)イラク及びその周辺の人々
 これまで見てきたように、チグリス・ユーフラテス川流域(メソポタミア=イラク及びその周辺=中東)は、農耕、定住、灌漑、文明(都市、国家、文字等々)、帝国(異なった言葉を持つ人々から構成される国家)といった属性を持つ、農業を中心とする社会(=農業社会)が人類史上初めて生まれたところです。
 ここでは、移動を常としていた(mobileな)人類が、農耕に伴ってその多くが定着するに至った(すなわちimmobileになった)こと、従って爾来、中東に代々住んできた人々は筋金入りのimmobileな人々であること、それと中東に始まった定着農耕が普及した結果、人類が初めて気候に影響(すなわち地球に温室効果)を与え始めたこと、の二点に注目しましょう。

 (2)アングロサクソン
 アングロサクソン(すなわちゲルマン人)の生業は、戦利品の獲得を目的として行われる戦争です(コラム#41)。しかも、時折このような目的の戦争を行ったモンゴル等の遊牧民(部族の結束が固い)とは違い、アングロサクソン(すなわちゲルマン人)は、戦争の時には集団行動をとったものの、本質的には徹底的な個人主義者でした。
 ですから、戦争をして戦利品を獲得すべき対象が逃散したり、獲得できる戦利品が少なくなれば、新たな「獲物」を求めてどんどん移動することになりますし、戦争の時に自分が加わる団体のリーダーが気に入らなくなればその団体の集会(議会)でそのリーダーの罷免を試み、団体そのものが気に入らなくなれば、他の団体に(個人または核家族で)移動し、移籍することを厭いませんでした。
 つまり、アングロサクソンは筋金入りのmobileな人々なのです(注6)。

(注6)米国人はイギリス人に比べてもよりmobileであり、勤務先や居住地をどんどん変えることを厭わない。そもそも、mobile ハウスに住んでいる人も少なくない。

 そのアングロサクソンが産業革命を起こしたのです(コラム#63、81)。
 産業革命とは、化石燃料(最初は石炭、次いで石油)をエネルギー源とする内燃機関によって人力によらざる工業製品の生産が行われる、工業を中心とする社会(=産業社会)、の生誕です。中東の人々による農業社会の生誕と並ぶ人類史上の画期的偉業をアングロサクソンは成し遂げました。
 銘記すべきは、工業が農業に比べて、はるかに相対的に立地による制約を受けないことです。つまり、(工業を中心とする)産業社会は、筋金入りのmobileな人々であるアングロサクソンがつくり出した、アングロサクソンに向いた社会なのです。
 その産業社会は、農業社会に比べて、温室効果をもたらすこととなる炭酸ガス等の空中排出量が圧倒的に多い社会でもあります。

 (3)「文明」の衝突
 もともとアングロサクソンが産業革命を起こした時点では、エネルギー源はすぐそばにありました。イギリス(英国)は石炭が豊富な国だったのです。
 ところが、20世紀に入ると産業社会のエネルギー源が石油に切り替わります。(米国や英国にも石油はありますが、)これに伴い、アングロサクソンも世界中から石油を輸入しなければならなくなったのです。
 その石油の埋蔵量が世界で一番多いのが中東です。
 これは、20世紀に入ってから、中東が古代以来久しぶりに人類全体の観点から枢要な地域になったことを意味します。
 皮肉なことに石油の発見は、筋金入りのimmobileな中東の人々を一層immobileにすることになってしまいました。しかも今回は、農耕に場合のように額に汗して働く必要はなく、油田の近くに定住しているだけで石油から得られる収入の恩恵に浴すことができるようになったのです。
いずれにせよ、英国や米国は単に世界の覇権国だからという以上に中東に関心を持ち、継続的に関与せざるを得なくなって現在に至っているのです。
 しかし、このアングロサクソンの中東への継続的関与は、全く対蹠的で相互理解が不可能なimmobile「文明」とmobile「文明」の間で衝突を惹き起こし、中東の人々のアングロサクソンへの強い反感を生み出しました。その反感の最も先鋭的な表現がアルカーイダ系テロリストの対米テロだ、ということになります。
(以上、http://www.atimes.com/atimes/Front_Page/FF23Aa01.html(6月23日アクセス)に示唆を得た。)

 (3)日本の役割
 日本は世界第二の経済大国であり、(中国に抜かれつつありますが、)世界第二の石油輸入国であり、とりわけ中東への石油依存度は大きいものがあります。
 ですから日本がアングロサクソン同様、中東に関心を持ち、継続的に関与するのは当然です。
 しかも、日本文明はアングロサクソン文明と最も親和性があり、日本人は本来アングロサクソンの最大の理解者です(引用すべきコラムが多すぎるのでいちいち挙げない)。その一方で日本人はmobileの度合いでは、アングロサクソンと中東の人々(就中イラクの人々)との中間に位置します。日本人は本来欧州の人々同様、アングロサクソンに比べてより中東の人々を良く理解できる立場にあるのです。
 だとすれば、日本は積極的にイラク問題等でアングロサクソンと中東の人々との仲介役を果たすべきではないでしょうか。
 日本が果たすべき役割はもう一つあります。
 中東の人々もアングロサクソンもそれぞれが農業社会と産業社会をつくり出したという歴史を背負っており、しかも現在石油に依存した生活を送っている(注7)だけに、炭酸ガスの空中放出、そしてそれがもたらす地球温暖化への取り組みに、本来的に消極的です。

 (注7)米国の経済は、mobileを象徴するところの自動車に過度に依存する等エネルギー多消費型経済であるし、イラクやサウディの経済は、石油収入に過度に依存したいびつな経済である。

 ですから日本は、両者をたしなめて善導し、化石燃料の消費抑制とポスト産業社会の構築により、将来異常気象によって人類が被る惨害の回避に向けて、世界をリードすることが期待されている、と私は考えています。

(完)