太田述正コラム#0422(2004.7.26)
<悪夢から覚めつつあるドイツ(その1)>

1 始めに

 先の大戦の敗戦国として、何かと比較されることの多い旧同盟国の日本とドイツですが、ドイツの方は、大戦中にナチスがホロコースト等の蛮行を行ったことから、戦後、国際的非難を浴び続け、かつ日本と違って「本土」の相当部分を放棄させられ、しかも東西に分割されるという悲哀を味わってきました。
1990年にようやく東西ドイツの統一が実現するのですが、それから14年以上たった現在、旧東ドイツ地区を旧西ドイツ地区並の経済水準に引き揚げることに成功するどころか、格差はむしろ拡大しています。この間旧東ドイツ地区には15兆ドルもの国家資金がドイツ政府によって投入されたのですが、統一当時には1670万人あった旧東ドイツ地区の人口は2000年には1500万人まで減少してしまいましたし、失業率も平均20%に達しています。しかも、今年EUが拡大し、低賃金国であるポーランド、チェコ、ハンガリーを含む10カ国が新規加盟したことにより、ドイツの旧東ドイツ地区の経済は一層地盤沈下が進むと考えられています。
このような状況下、今年に入ってドイツの政府諮問委員会がドイツ統一政策の現状について、このまま旧DDRの復興を続ければ、旧西独地域も地盤沈下するのは必至であるという結論を下しました。
(以上、http://www.nytimes.com/2004/07/21/international/europe/21dres.html?pagewanted=print&position(7月21日アクセス)及びhttp://www.ohnichi.de/Toki/toki86.htm(7月25日アクセス)による。)
社会福祉制度の肥大化等により、ドイツ経済は既に西独時代の1980年代初頭から停滞の兆候が見え始めていたところ、1990年の東西ドイツ統一以降は、たまたま同じ頃から日本経済が長期停滞期に入ったため、日本に比べてこそドイツの経済成長率は高位で推移しているものの、ドイツを除くEU加盟国と比べると、成長率が下回る度合いが次第に大きくなってきており、統一がドイツ経済の大きな負担になっていることが分かります(http://mitsui.mgssi.com/report/0303fuhrmann.html。7月25日アクセス)。

2 ナチス時代の悪夢からの覚醒

 ドイツは旧同盟国日本同様、戦後、経済が奇跡的な回復をとげました。しかし、このところまたしても日本同様、長期にわたる経済の不調状態が続いているわけです。
 しかし、戦後の両国で決定的に異なる点が二点あります。
 一つは、戦後ドイツが諜報機関と軍をすみやかに再建したというのに、日本は吉田ドクトリンの下、いまだに諜報機関も軍も持たないままであることです。
 もう一つは、戦後日本では主権回復後、先の大戦に係る自国の歴史を肯定的に見る見解、あるいは肯定的要素があるとの見解が復活したのに対し、ドイツでは肯定的に見る見解が復活するどころか、肯定的要素があるとの見解すら全く現れなかったことです。これはドイツではナチスの蛮行の一端を担ってしまったことによるPTDS的症状にドイツ人全体が陥ってしまっていた、ということでしょう。
 ところが、戦後60年近く経過した現在、ドイツ人の間にようやくナチス時代の悪夢から回復する兆候が見え始めました。
 順不同で申し上げると、例えば、
 ドイツとドイツ占領下のフランス人との関係は決して悪くなかった。
先の大戦でドイツ兵はよく戦った。
反ヒトラー運動に命を捧げたドイツ人は立派だ。
東欧・旧ドイツ東部から追放されたドイツ人は余りにもひどい目にあった。
先の大戦末期の連合軍によるドイツ都市絨毯爆撃は残虐かつ無意味だった。
ヒトラーは決して悪魔ではなく一個の人間だ。(ヒトラーが主人公の映画を制作してもよかろう)。

といった声をドイツ人があげるようになったのです。

(続く)