太田述正コラム#8711(2016.11.4)
<プーチンのロシア(その13)>(2017.2.18公開)
 今では、ロシア政府に対して批判的な政治アナリストである、彼は、<プーチンの>側近者達(inner circle)は、ロシア政府の諸意思決定の符丁(label)として、「集合的プーチン(collective Putin)」を使う、と述べている。
 しかし、それは、プーチン氏のイデオロギー的旅路の説明になっていない。
 ジガールは、プーチン氏の思考(thinking)の領域に小旅行をしてそれを記録する。
 しかし、どのように、彼が、米大統領のジョージ・W・ブッシュ(George W Bush)のような欧米の相手方に次第に幻滅していったのか、或いは、どのように、諸他国の体制変革という米諸政策が、米国政府は彼もまた失脚させようとしていると彼に確信を抱かせるに至ったのか、についての彼の分析は、深く説明された(reported)主たる話との連関性(link)が欠けている。・・・」
https://www.ft.com/content/f2e0ea26-96e2-11e6-a80e-bcd69f323a8b
(10月27日アクセス)
⇒ご承知のように、私は、ロシアの13世紀以降の内外政の基本は、モンゴルの軛のトラウマによって説明できるし、説明すべきだ、考えています。
 すなわち、ロシアは、内政に関しては、内部分裂によってモンゴルの軛の苦痛・・最たるものはモンゴルによるロシア人の奴隷化目的での拉致・・を増幅し長引かせてしまったところ、二度とそれを繰り返さないために、強力な最高指導者による専制を是とするとともに、外政に関しては、二度と外部勢力によって支配されないようにするために、外部勢力に対する緩衝地帯の増大にひたすら務めるという衝動にかられてきた、というわけです。
 ところが、欧米のロシア通は、モンゴルの軛を無視こそしないものの、それを、ロシアの特異な内外政治史をもたらした要因の一つ程度に矮小化する傾向が見られます。
 クローヴァーが、「ユーラシア主義」という、新参のしかも本人自身も認める胡散臭い代物を重視するのは、その一つの典型です。
 私見では、欧米の知識人達は、自分達が、かつて、アメリカ大陸での黒人奴隷の酷使やその黒人奴隷貿易を行ったことを口先では反省して見せるものの、それが黒人奴隷及びその子孫達に対していかに深刻なトラウマをもたらしたか、という事実から目を背け続けており、それが故に、奴隷化がロシア人にもたらしたトラウマに気付くことに心理的ブレーキが働いてる、のです。
 また、ロシアの知識人達は、内心差別意識を抱いている黄色億人種のモンゴルに支配されただけでなく、奴隷化までされたことに、大変な屈辱感を持っており、やはり、モンゴルの軛を矮小化する傾向が見られるのです。(以上、コラム#省略)
 ジガールが、ロシアの指導層には様々な異なった考え方を持った人々がいて、その相互作用の中から結果として集団的に内外政策が決まっていくと言ったかと思えば、プーチンの欧米観、とりわけ米国観の変遷を追う、という分裂症的「分析」を行っているのは、モンゴルの頸という深刻な問題から無意識的に逃避しようしようとした結果、思考力が鈍ってしまったためではないか、と私は勘繰っています。
 但し、ジガールの前段の方の「分析」は、私の主張を、ある意味、裏付けるものである、と言えそうです。
 というのは、これは、指導層内での様々な異なった考え方が相殺されて、残ったところの、(プーチンを含む)全員に共通するもの、但し、潜在意識中にしか存在しないもの、すなわち、モンゴルの軛のトラウマ、が、ロシアの内外政策を規定しているのであって、決して、プーチン個人が規定しているわけではない、と、私(わたくし)的に読み替えることができるからです。(太田)
4 付けたし
 最後の最後に、米国人によるコラムからの引用をご披露しておきます。
 「・・・現在の、押しが強くて強情なロシアは、パラドックスを示している。
 すなわち、様々な尺度で、それは、衰亡しつつある国だ。
 衰えつつある経済、低開発の技術基盤、そして、縮小する人口。
 殆どすべての部門で腐敗だらけ。
 ソ連の崩壊は傷口の開いた傷であり、多くのロシア人達は、米国はロシアの衰亡の諸年に、彼らに付け込んだ、と非難している。
 ところが、この内部的には弱いロシアが、荒くれ武者(street fighter)の傍若無人さ(cockiness)を顕示している。
 同国は、米国の力に対するもっともらしい侮蔑とともに、シリア、ウクライナ、そして、サイバー空間、で戦争をしている。
 米国家情報監(Director of National Intelligence)のジェイムズ・R・クラッパー・ジュニア(James R. Clapper Jr.)によれば、ロシア政府の最高諸レベルの認可の下、ロシア人ハッカー達が「米大統領選挙過程に干渉」しようとした。
 「プーチンの危険負担(risk-taking)の定義は、より大胆に、かつ、米国にそれがどういう影響を与えるかにより無頓着に、という方向性を帯びるに至った」、というのだ。・・・」
https://www.washingtonpost.com/opinions/russia-may-be-wounded-but-it-can-still-bite/2016/11/03/ec2287c0-a205-11e6-a44d-cc2898cfab06_story.html
(11月4日アクセス)
 心身ともに衰弱しつつあるロシアに、モンゴルの軛のトラウマから解放する心理療法を施し、恢復させる、それができなくても、せめて心やすらかに死を迎えさせる、いい方法がないものですかねえ。
 これは、米国を覇権国意識から解放すること、イスラム世界をイスラム原理主義から解放すること、と並ぶ、21世紀における、三大「解放」課題の一つだと思います。
(完)