太田述正コラム#0433(2004.8.6)
<崩壊し始めた北朝鮮(その2)>
(本篇は、コラム#430の続きです。なお、8月7日付??8月9日付のコラムは、東京を離れるため、お休みさせていただきます。)
4 韓国
ところが、韓国は朝野を挙げて北朝鮮の体制擁護に血道を上げています。
米下院での2004年朝鮮人権法成立に対し、韓国議会では、反対決議案の採択に向けての動きが見られますし、韓国の人権擁護団体を含む10個の市民団体は、「北朝鮮に圧力をかけ孤立させることが人権状況の改善につながるという発想・方法には同意しがたい。かかる動きは朝鮮半島における平和を危うくすることになろう。・・アウトサイダーが北朝鮮の体制を変革しようとすることは、主権国家に対する内政干渉だ。・・北朝鮮からの亡命を促すことは<米国が>北朝鮮の体制を崩壊させようとしているとの疑いを惹起しかねない。」という共同声明を出しました。(http://english.chosun.com/w21data/html/news/200407/200407230048.html。7月24日アクセス)
このような韓国では、先週ベトナム(?)から到着した468名の北朝鮮難民についても、北朝鮮の暴虐な体制から自由を求めて韓国にやってきた人々としてではなく、単に経済的苦境から故郷を捨て、韓国での豊かな生活にあこがれてやってきたやっかい者とみなされています。しかも、この北朝鮮の経済的困難は、人命を軽視する金正日体制の悪政によって生じたというより、米国の北朝鮮敵視政策によってもたらされた、と考えられているのです。
ですから北朝鮮難民は、韓国で資本主義的生き様への適応に苦労させられるだけでなく、今では韓国の人々による厳しい差別の対象にもされる結果、その大多数は失意の下に隠れるような生活を送ることを運命づけられているのです。(これまでの北朝鮮難民5000人のうち、定職に就いている者は半分に過ぎません。)
そもそも韓国では、北朝鮮の収容所(その中には化学兵器の生体実験が行われている収容所もある)のことや人間、麻薬、偽造貨幣の密貿易について、話すことさえはばかられる状況です。
韓国軍もおかしくなってしまっています。
今年10月に発行される韓国の防衛白書では、北朝鮮が韓国の主敵である、との表現が消えることになっています。
また、7月14日には北朝鮮の哨戒艇(2002年に海上休戦ラインを越えて韓国水域に侵入して韓国の艦艇を攻撃し、水兵6名を殺害した哨戒艇と同じ艇)が海上休戦ラインを越えて侵入したのに対して韓国の艦艇が警告射撃を行ったところ、北朝鮮は5月末に南北政府間で取り交わしたところに従い、所定の周波数を使って無線で(誤ってラインを越えた旨の)通報を韓国側に行ったにもかかわらず射撃されたと抗議してきました。この抗議により、韓国海軍は、無線通報を受けていたことを隠していたことが露見し、一人の海軍中将と国防大臣が責任を問われて辞任に追い込まれました。
これで今後は、北朝鮮の艦艇が海上でラインを越えてもその後通報さえすれば、韓国側から攻撃どころか警告射撃を受ける恐れすらなくなってしまいました。
そもそも5月末の上記合意以来、北朝鮮のライン越えの頻度はそれまでの5倍に増えており、北朝鮮は心理作戦を駆使することによって、韓国側の海上防衛態勢を切り崩すのに成功しつつあると言えるでしょう。
こうなると、米陸軍が38度線から後方に移転した後の韓国陸軍単独での38度線防衛の成否にも深刻な懸念を抱かざるを得なくなってきます。
以上ご紹介してきたことの背景には、金大中政権(1998年??)以来の韓国の国策の大転換があります。
これを象徴しているのが金大中政権下の、北朝鮮の指導部と国民のいずれをも鬼畜視してきた国定教科書から、北朝鮮の指導部と国民のいずれをも同胞視する国定教科書への切り替えです。
まさにこの頃から、韓国民にとっての敵が、北朝鮮から米国へと急速に180度すり替わって行くのです。
(以上、http://www.atimes.com/atimes/Korea/FH03Dg03.html及びhttp://www.atimes.com/atimes/Korea/FH03Dg05.html(どちらも8月3日アクセス)による。)
(続く)
<読者>
最近読んだ本にスタンフォード大教授のPeter Duusによる「The Abacus and the Sword: the Japanese penetration of Korea, 1895-1910」があります。この本の主題は、西洋の帝国主義に征服されることを回避するために、明治維新をおこなった日本がなぜ韓国を併合し「帝国主義国」となったのか、ですが、この著者のポイントは、太田さんのコラムでの指摘と同じです。つまり、日本はもともと朝鮮の征服を長期的目標として行動していたわけではなく、常に朝鮮人が自分自身の手で自分達の国を改革し(親日国家として)独立を維持していくことを一貫して望んでいたが、その可能性が完全にたたれたときに重い腰を上げて併合に踏み切った、というものです。
この本は日本側の史料を多く用いて、1870年代から1910年に至るまでの日本の朝鮮政策を丹念に記述していまして、朝鮮史を読んだことの無い私には大変いい本でした。(著者は、言葉が読めないという理由で朝鮮側の史料は日本語または英語に翻訳されたものしか使用していませんが。)
著者は日本の韓国併合を擁護しているとは思われたくないようですが、彼の結論は併合は日本のロシアに対する防衛政策としての面が大きい、ということです。米国の有名大学の教授がこういう冷静な本を出していることが嬉しくて、紹介させていただきました。
最近ふと疑問に思うことがありまして、このまま太田さんにお聞きしてみようと思います。太田さんが「危機の韓国」シリーズでお書きになった(お書きになっている?)ように、韓国国内の状況は安定しているとはとても言いがたいですね。そしてDuus氏の本を読み、現代の韓国は併合間際の朝鮮によく似ていることに初めて気づき目から鱗の思いがしたところです。(同じ時期に太田さんによる同じ指摘もありました。)
たしかに韓国の抱える問題の多くは「両班精神のあらわれ」で説明がつくように思いますが、現在の韓国の親北朝鮮政策だけは両班精神では私はどうしても納得できません。金大中が太陽政策を始めた理由、そして現政権がそれをもっと進めた親北政策を進めているのは一体何故なのでしょうか。
私は最近まで、これは北が崩壊すると困るので韓国が北の延命をはかっているのだと思っていましたが、現政権になってからは北朝鮮にフレンドリーどころかなりふり構わない熱烈なラブコールをおくっているようで、これは「北の延命」などという冷静な理由があるとはとても思えなくなってしまいました。だいたい、自国の安全と経済のためには米国という強い友人がいるはずなのに、米国をないがしろにしてまで親北を貫いているわけですから…。
「我ら偉大な朝鮮民族は仲間割れなどしない。北の同胞もそう思っているはず」という、自己陶酔に基づいての行動かとも思えますが、私には確証はありません。最近のASIA TIMESでもDavid Scofield氏が韓国の親北政策について触れていましたが、それが何故なのかということには何の分析もありませんでした。(自明だからでしょうか?)
最新シリーズ「崩壊し始めた北朝鮮」で太田さんが触れられるだろうと思っていましたが、我慢できないのでちょっとお聞きしたく投稿した次第です。太田さんのご意見をお聞かせ願えないでしょうか。
<太田>
両班精神の両班精神たるゆえんは、理想と現実のバランスがとれないところにあります。
ナショナリズムという理想(私が、ナショナリズムを欧州文明由来の民主主義的独裁のイデオロギーの一つ(初期のもの)という特異なとらえ方をしている点はごぞんじかと思いますが、いずれにせよ、ナショナリズムを今時理想視するのはアナクロ以外のなにものでもないことはさておき、)が一人歩きした結果が太陽政策だと私は考えています。
韓国でナショナリズムが猛威をふるいやすいのは、韓国が世界一民族的に同質性が高い国だからでしょう。
世界で韓国に次いで民族的に同質性が高い国である日本がナショナリズムを克服できたのは、敗戦のせいというより、日本人のバランス感覚(=両班精神の欠如)のおかげだと思います。