太田述正コラム#8777(2016.12.7)
<米リベラル知識人の内省二(その1)>(2017.3.23公開)
1 始めに
今度は、ヤッシャ・マウンク(Yascha Mounk)らによる最新の研究を紹介する記事
http://www.nytimes.com/2016/11/29/world/americas/western-liberal-democracy.html?hp&action=click&pgtype=Homepage&clickSource=story-heading&module=second-column-region®ion=top-news&WT.nav=top-news
(11月30日アクセス)のさわりをご紹介し、私のコメントを付します。
なお、マウンクは、現在、ハーヴァード大行政学科の講師ですが、ドイツ生まれのドイツ育ちで英仏伊に住んでから米国にやってきたところの、ケンブリッジ大、フランスの社会科学高等研究学校(Ecole des Hautes Etudes en Sciences Sociales)、及び、コロンビア大、で学び、英独仏伊語が流暢でポーランド語にも強く、スペイン語とラテン語も齧っている人物です。
http://scholar.harvard.edu/mounk/home
2 米リベラル知識人の内省二
「・・・ヤッシャ・マウンクは部屋の中の最も悲観的な人物であることに慣れっこになっている。
彼は、この数年、欧米政治の根底的(bedrock)諸前提(assumptions)・・一旦ある国が自由民主主義になれば、それは、その形のまま推移するだろう・・に挑戦する日々を過ごしてきた。
彼<ら>の研究は、何か全く異なったことを示唆している。
すなわち、世界中の自由民主主義諸国が衰亡の深刻な危険に直面しているのかもしれない、という・・。・・・
・・・米国その他の多くの自由民主主義諸国における民主主義の弱化(democratic deconsolidation)の徴候群は、今や、ヴェネズエラが危機を迎える前のそれらと似通っている。
オースラリア、英国、オランダ、ニュージーランド、スウェーデン、そして米国等の数多くの諸国にまたがって、民主主義国に住むことは「必須である(essential)」と答える人々の割合は急降下してきており、それは、とりわけ若い諸世代の間で低い。・・・
米国人達のうち、軍による統治が「良い」ないし「とても良い」と答える割合は、1995年には16人中1人だったのが、2014年には6人に1人へと上昇した。
この趨勢<もまた、>若い人々の間でとりわけ強い。
例えば、・・・マウンクらは、21世紀より前に生まれた米国人達の43%は政府が無能か仕事の遂行に失敗している場合であっても軍部が政府を乗っ取ることは許されない(illegitimate)、と信じているが、21世紀生まれの米国人達は19%しかそう思っていない、と推計したことがある。
同じ世代間ギャップが欧州でも出現した。
年長者達は53%が軍部が乗っ取るのは許されないと思っているが、21世紀生まれはわずか36%しかそう思っていない。
米国では、ドナルド・J・トランプが反体制(antisystem)アウトサイダーとして立候補し、大統領選に勝利を収めた。
そして、フランスの国民戦線(National Front)<(注1)>、ギリシャのスィリザ(Syriza)<(注2)>、及び、イタリアの五つ星運動(Five-Star Movement)<(注3)>、のような、反体制的ポピュリスト諸政党がが興隆しつつある。・・・」
(注1)「党首は、<現在、>マリーヌ・ル・ペン。反EU、移民排斥を掲げている。・・・移民に対する反感が強まっているフランスにおいて急速に支持を伸ばしている。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E6%B0%91%E6%88%A6%E7%B7%9A_(%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9)
(注2)急進左派連合。現在の政権党。「比較的穏健な民主社会主義者から従来は極左とされてきた毛沢東主義やトロツキストを含み、環境主義と結びついたいわゆる「緑の左翼Green left」や、対EU姿勢ではユーロコミュニズムから欧州懐疑主義に至る、30の組織と無所属の政治家からなる広範な布陣」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%A5%E9%80%B2%E5%B7%A6%E6%B4%BE%E9%80%A3%E5%90%88
(注3)「2009年・・・に人気コメディアン・・・と、企業家・政治運動家・・・<の2人>によって結党された。・・・人民主義政党(ポピュリズム)として行動し、近年の欧州経済危機とそれに伴う<政府>の経済改革により、雇用不安や増税を背負わされた国民の中流層・下流層から急速に支持を集めている。」2016年に党員がローマ市長及びトリノ市長に当選した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E3%81%A4%E6%98%9F%E9%81%8B%E5%8B%95
3 コメント
マウンクらの根本的な誤りは、民主主義フェチである点です。
最も傑出している三つの文明であるところの、古典ギリシャ、アングロサクソン、日本、のいずれも民主主義フェチとは基本的に無縁であったというのに・・。
基本的に無縁であったのは当然であり、民主主義とは、論理的には、非選良達による選良達の支配を意味するからです。
民主主義の下で選良達による非選良達の支配を確保、維持するためには、基本的には、選良達が非選良達のための支配を行うか、行っているかのようなイメージの非選良達への注入に成功するか、この両戦略の組み合わせか、の三択しかありません。
そのいずれにも失敗したところの、アテネを中心とする古典ギリシャ文明は滅びました。
(古典ギリシャ文明におけるアテネの民主主義は、女性、奴隷、定住外国人を除いた民主主義であり、果たして民主主義と言えるか、という問題には立ち入りません。)
アングロサクソン、日本の両文明は、現時点では、まだ、選良達による非選良達の支配が維持されており、民主主義が危機に瀕しているとは思いません。
しかし、欧州文明諸国においては、ラテン系諸国(や東欧諸国)を中心に民主主義が危機に瀕している、と言えそうです。
では、アングロサクソンと欧州両文明のキメラである米国文明はどうか。
イメージ戦略こそ、マスコミへの信頼が失墜してしまったことから、取れなくなりつつあるけれども、口先だけ非選良達のための支配を行うと称しそれを白人を中心に非選良達の多くが信じ込まされてしまったところのトランプが、しかし、投票総数の過半数をとれなかった(ものの、当選はした)わけですから、(マスコミも信頼回復に努めるであろうこともあり、)米国の民主主義は必ずしも危機に瀕しているとはまだ言えない、と私は考えています。
米リベラル知識人の内省二(その1)
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