太田述正コラム#0466(2004.9.8)
<ベスラン惨事とロシア(その3)>

<休憩>

 イズヴェスチャ紙の編集長が突然解任されました。ここにも、この新聞によるベスラン事件の報道ぶりが気に入らない当局の影がちらついています(http://media.guardian.co.uk/site/story/0,14173,1298415,00.html及びhttp://media.guardian.co.uk/site/story/0,14173,1298488,00.html(どちらも9月7日アクセス))。
 ところで、日本の主要六紙の電子版のうち、朝日を除いてベスラン事件の報道を、9月7日朝の時点で(本来の意味でのホームページでは)早くもベタ記事扱いにしてしまったのは残念です。
 依然頑張っている朝日についても、ロシア治安部隊の対応ぶりのお粗末さ(後述)について、英仏の新聞記事の紹介だけでお茶を濁した(http://www.asahi.com/special/040904/TKY200409050190.html。9月7日アクセス)のはいかがなものでしょうか。専門家に直接書いてもらうか、専門家から取材して記事にすべきでした。
<休憩終わり。>

 (2)治安部隊の対応のお粗末さ
 ロシア軍の特殊部隊スペツナズ(Spetsnaz)は、ソ連邦崩壊後ガタガタになったロシア軍のうち、唯一ロシア国民が絶大な信頼を寄せてきた部隊でした。FSB(旧KGB)のアルファ部隊(1974年に英国のSAS等にならって創設された)もまたエリート中のエリートと自負してきました。
 ところが、これらの部隊が現場にかけつけていたというのに、やはりと言うべきか、ロシア治安部隊の対応は余りにもお粗末なものでした。
 一番問題なのは、早い段階で急襲作戦を敢行しなかったことです。
 人質の数が犯人に比べて少ないか多いかによって対処方法は全く異なります。
 少なければ、時間をかけて犯人と交渉をすることができるし、またそうすべきなのです。
 しかし、多ければ、犯人側が状況を掌握しきれず、人質の方もおとなしくはしていません。ですから、いつ何時犯人側が人質を殺し始めるか分からないのです。しかも今回は、最初から犯人側は、さして反抗もしていない人質を多数殺害したことが分かっていました(注4)。

 (注4)ロシアの治安部隊は、これまでの内外のテロ事件・人質事件の教訓から何も学んでい
ないようだ。例えば、先般、二機の民航機がほぼ同時に空中爆発した時も、米国が9.11
同時多発テロの時に、全米のすべての民航機のフライトを一時禁止したのと同様の措置
すらとっていない。

 この点は百歩譲ったとしても、せめて治安部隊は、何かあったらただちに急襲できるような態勢を整えているべきでした。
 しかし、実際に犯人側が射撃を開始し、爆弾の破裂音が聞こえた時、治安部隊は全く虚をつかれたように見えます。
 それが証拠に、治安部隊は、(あたかも通常の戦場における遭遇戦のように)めくらめっぽう銃を撃ち続けているように見受けられました(注5)。

 (注5)日本の「軍事アナリスト」の神浦元彰氏が某民放で、今回ロシア治安部隊は敵の裏を
かいてあえて白昼に計画的に総攻撃を開始した可能性が高いと語っていたが、遺憾なが
ら氏は、ロシアの特殊部隊の実情についても、人質事件に対処する方法についても、基
本的な知識をお持ちでないだけでなく、状況をテレビ画面を通じて視認する能力すら備
えておられないようだ。

 そんなこですから10時間も銃撃戦が続き、その間銃撃戦のまきぞえとなって多数の人質が死傷することになってしまいました。(その言い訳のためでしょう。治安部隊員の一人は、犯人が人質を楯にしたため、まず人質を射殺してから犯人を射殺せざるを得なかった(?!)と語っていました(http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-scene5sep05,1,1674464,print.story?coll=la-headlines-world(9月6日アクセス))。そして、人質の4割が死亡し、4割が負傷するという、人質事件としては空前の恐るべき結果がもたらされたのです(注6)。

 (注6)ただし、通常の人質事件とは異なり、今回は犯人が全く自分たちの命を捨ててかかっ
ていただけでなく、人質を殺害することをむしろ目的としていたと考えられ(後述)、
犯人側との交渉の余地が全くない、という特異性があった点が人質の死傷を大きくした
ということは忘れてはなるまい。

 このほかにも、ありとあらゆる問題点が指摘されています。
・現地における、上記両治安部隊・その他の特殊部隊・通常の徴兵からなる軍隊・警察の統合司令中枢の欠如、無線機すらもっていないという相互連携の悪さ。
・学校区域及びその周辺を立ち入り禁止にしなかったこと。このため武装した一般市民等が区域内等に入り込み、銃撃が始まってからは、一般市民も勝手に発砲しただけでなく、父兄が更につめかけ、混乱に拍車をかけ、治安部隊の行動を妨げただけでなく、一般市民が多数まきぞえになって死傷した。また、一部犯人が域外に逃走(http://www.asahi.com/international/update/0904/013.html。9月4日アクセス)し、これら犯人への対処に時間がかかった。
・治安部隊員10人以上が死亡した(http://www.sankei.co.jp/news/040904/kok038.htm。9月4日アクセス)というのも、(過小に公表されているであろうことを勘案すればなおさら)不名誉な話。
・十分な医療救助態勢を整えていなかったこと。特に救急車が不足し、立ち入り禁止にした形の救急ルートの確保も行われていなかったこと。このため、人質等の死亡者数の増大、負傷の程度の悪化がもたらされた。
 (以上、特に断っていない限りhttp://www.guardian.co.uk/russia/article/0,2763,1297146,00.html(9月4日アクセス)、http://news.ft.com/cms/s/020fd534-ff51-11d8-be93-00000e2511c8.html(9月6日アクセス)及びhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/3632332.stm(9月7日アクセス。英国の軍事アナリストのJonathan Eyal博士の論考)によった。)

(続く)