太田述正コラム#9115(2017.5.25)
<武光誠『誰が天照大神を女神に変えたのか』を読む(その1)>(2017.9.8公開)
1 始めに
 先日、初めて、大森駅の駅ビル内の書店・・ブックファースト・・に立ち寄り、2冊、新書を買ってきたうちの1冊が表記の本です。
 (引っ越してきて以来、「地元」で本を買ったのは初めてです。)
 女性優位社会の日本を象徴する、女神たる最高神である天照大神の由来は、前から関心があったのですが、この本で、その解明がなされていることを期待して求めたものです。
 なお、武光誠(1950年~)は、「東京大学大学院国史学専攻に学び、1980年頃から明治学院大学に勤務。2008年、東京大学博士課程修了、「古代太政官制の研究」により博士(文学)を取得した。明治学院大学教養教育センター教授。古代律令制が専門だが、古代史に関する雑書を若いころから書き、日本史全般から世界史まで200冊近い一般向け書籍を書いている。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E5%85%89%E8%AA%A0
という人物です。
2 武光誠『誰が天照大神を女神に変えたのか』を読む
 「世界の創造主と最高神のほとんどすべてが男性である。
 日本人のように、女神を最高神とする民族はきわめて少ない。・・・
 キリスト教、ユダヤ教<の>ヤハウェ、イスラム教<の>アラー・・・は同一の神で、男性である。
 仏教の最高神を釈迦如来とすれば、その仏は男性になる。
 ヒンドゥー教の三つの最高神<(注1)>の神、ブラフマン<(注2)(コラム#4890、7162、7175、7183、7631)>、ヴィシュヌ<(注3)(コラム#317、452、1209、7162、7175、7625)>、シヴァ<(注4)(コラム#317、438、7162、7175、7625、7631)>も男性である。
 (注1)ヒンドゥー教では、「ブラフマーとヴィシュヌとシヴァは同一であり、これらの神は力関係の上では同等であり、単一の神聖な存在から顕現する機能を異にする3つの様相に過ぎないと」している。これを、三神一帯(トリムルティ)と言う。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E7%A5%9E%E4%B8%80%E4%BD%93
 (注2)ブラフマン(Brahman)は「形の無い形而上的なコンセプト」であり、「ヒンドゥー教の」となれば、それは、「形のあるブラフマン」であるところの、ブラフマー(Brahma)でなければならず、このブラフマーなら確かに男神だ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%9E%E3%83%B3
https://en.wikipedia.org/wiki/Brahman
https://en.wikipedia.org/wiki/Brahma
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%9E%E3%83%BC
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%8C
 (注3)男神であり、女神ラクシュミーを妻にしている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%8C
 (注4)男神であり、女神パールヴァティーを妻にしている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%B4%E3%82%A1
⇒ブラフマーとブラフマンの混同は、専門外の分野とはいえ、歴史学者としてあるまじきミスです。この本・・そもそも、脚注が一切付いていない!・・は慎重に読む必要がありそうです。(太田)
 道教の最高神は、太上老君(だいじょうろうくん)<(注5)>(老子)から元始天尊<(注6)>を経て玉皇大帝<(注7)に変化した<(注8)>が、それらの神はいずれも男性になる。
 (注5)「道教の始祖とみなされる老子が神格化されたもので・・・唐室が同姓の老子を宗室の祖として尊崇した・・・が、以後は、次第に衰えていく。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E4%B8%8A%E8%80%81%E5%90%9B
 (注6)『隋書』「経籍志」によると元始天尊は太元、即ち全ての物事よりも先に誕生した常住不滅の存在であり、天地再生の際に人々に道を説いて救済を与えるという・・・。また『雲笈七籤』の巻二では、万物の始めであり「道」の本質であるとされ<る。>」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%A7%8B%E5%A4%A9%E5%B0%8A
 (注7)「道教における事実上の最高神で、天界の支配者でありその下の地上・地底に住むあらゆるものの支配者でもある。現在も庶民から篤く崇拝されており、民間信仰や、東南アジアなどの華僑の間では最高神として扱われる。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%89%E7%9A%87%E5%A4%A7%E5%B8%9D
 (注8)「道教の最高神は時代ごとに変わっている。まず「太元」を神格化した元始天尊、次に「道」を神格化した霊宝天尊(太上道君)、その後これらに「老子」を神格化した道徳天尊(太上老君)を加えた三柱(三清)が最高神とみなされていった。・・・玉皇大帝が最高神とされたのは宋代である。玉皇大帝は三清が天空神として生まれ変わった姿」(上掲)
⇒「注8」と武光の記述とでは、太上老君の時系列上の位置づけが、二番目と一番目、と食い違っています。
 「注8」は関西大学教授の二階堂善弘(1962年~)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E9%9A%8E%E5%A0%82%E5%96%84%E5%BC%98
の2013年という最近の論文に拠っており、武光がこの論文を読まずにこの本を書いたとすれば怠慢ですし、読んでいる、或いは、少なくともウィキペディア上掲に目を通していたのであれば、どうして、それとは異なった記述にしたのか、説明が必要でした。
 こんな調子では先が思いやられます。(太田)
 神道と同じ多神教である道教やヒンドゥー教・・・の女神は数多くの神々の中のほんの一部にすぎない。・・・
 ギリシャ神話<の神々に>は、・・・女神もいるが、女神の数はそう多くなく、最高神は男性のゼウスである。<(注9)>
 (注9)オリュンポスの十二神は、1.ゼウス(男)、2.ゼウスの妻ヘーラー(女)、3.ゼウスの娘アテーナー(女)、4.「ゼウスの息子」アポローン(男)、5.アプロディーテー(女)、6.『ゼウスの息子』アレース(男)、7.≪ゼウスの娘≫アルテミス(女)、8.[ゼウスの姉]デーメーテール(女)、9.【ゼウスの息子】ヘーパイストス(男)、10.〈ゼウスの息子〉ヘルメース(男)、11.《ゼウスの兄》ポセイドーン(男)、12.〔ゼウスの姉〕ヘスティアー(女)、であるところ、「12柱目にはヘスティアーを入れるのが通常であるが、{ゼウスの息子}ディオニューソスを入れる場合もある(この場合、<男神、女神>6柱ずつではなく、男神7柱、女神5柱となる)。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%82%B9%E5%8D%81%E4%BA%8C%E7%A5%9E
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%9D%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%B3 (「」内)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B9 (『』内)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%86%E3%83%9F%E3%82%B9 (≪≫内)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%AB ([]内)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%BC%E3%83%91%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%B9 (【】内)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%AB%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B9 (〈〉内)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%82%BB%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%B3 (《》内)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%BC (〔〕内)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AA%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%82%B9 ({}内)
⇒最高神についてはその通りですが、「注9」からお分かりのように、というか、ギリシャ神話を若干なりとも齧っている者なら気付くはずですが、「女神もいるが、女神の数はそう多くなく」どころか、「男神と女神の数はほぼ拮抗している」の誤りです。
 まいっちゃいましたね。(太田)
 これに対して神道では天照大神の他に多くの女神がみられる。・・・
 そのような女神たちは女性のはたらきを重んじた古代日本の社会が生み出したものと考えるのがよい。」(15~17)
(続く)