太田述正コラム#0493(2004.10.5)
<イラク情勢の暗転?(その6)>

スンニ派地区が沈静化すると見る理由の第三は、来年1月末のイラク総選挙の投票日までには必ずや米軍は、(前に一度やったように、部隊の交代時期を利用して一時的に兵力を増員してでも、)アルカーイダ系とイラク国内系の内ゲバ状況を斟酌しつつ、スンニ派地区内のこれら不穏分子の拠点を地上部隊を用い、イラク治安部隊と連携して、しらみつぶしに制圧するであろうからです。
この地上部隊による作戦が発動されるのはイラク治安部隊の全錬成訓練が終わる年末以降と思われていた(コラム#483)ところ、不穏分子の拠点の一つでバグダッドの北100kmに位置するサマラ(Samarra)に対し、早くも10月1日に、米陸軍の第一師団からの3,000人が2,000人のイラク治安部隊とともに、(イラクにおけるものとしては、昨年3月のイラク戦開始時以来の)大攻勢をかけました(http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,2763,1318050,00.html。10月2日アクセス)。
結果は米軍から死者一人が出ただけで、不穏分子125人を殺害し、翌2日にはこの人口20万人の都市をおおむね制圧しました。イラク治安部隊は、市内のモスク二カ所の制圧等にあたりましたが、見事な戦いぶりであり、しかも死者ゼロでした。(http://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A2686-2004Oct2?language=printer。10月4日アクセス)(注11)

(注11)作戦発動を予定より早めたのは、イラク治安部隊の錬成訓練状況について、(錬成訓練が遅れている・不穏分子への内応者が少なくない等の)懸念が米英で出ていた(http://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A36911-2004Sep20?language=printer(9月22日アクセス)及びhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/3702676.stm(10月1日アクセス))ことから、この懸念を払拭するねらいがあったと考えられる。

問題は、米軍が市外に去った後を担当するイラク治安部隊が、最初のテストケースとなったこのサマラでの治安維持に成功するかどうかです。万一以前のファルージャの時の二の舞になるようなことがあれば、スンニ派地区全体の沈静化に赤信号が灯りますが、私はあくまでも楽観論に与しています(注12)。

(注12)英国を代表する新聞であるガーディアンは論説(http://www.guardian.co.uk/uselections2004/comment/story/0,14259,1310773,00.html。9月24日アクセス)で、また米国を代表する新聞であるワシントンポストは記事(http://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A58183-2004Sep28?language=printer。9月29日アクセス)で、イラクの現状が泥沼化していると指摘している。しかし、この両紙等がイラク戦開戦時に英米の軍部の声を反映して戦いの長期化を予想したもののその予想がはずれたように、今回の泥沼化の指摘も英米諜報部局の(イラク戦開戦前のイラク大量破壊兵器保有予想が誤っていたことの反動としての)慎重すぎる分析を反映しているだけのことであり、今回の指摘もやはりはずれるだろうと私は見ている。

(3)選挙後のイラク

9月末に公表されたイラクでの世論調査結果によれば、イラク人の68%が必ず選挙に行くと答えており、これは7月の92%より大幅に減少したように見えますが、25%が多分選挙に行くと答えており、必ずとは言えない理由として挙げられているのは多い順に情報の欠如・無関心・安全、である(http://www.csmonitor.com/2004/1001/p01s04-woiq.html。10月1日アクセス)ことからすると、「無関心」を理由として挙げた人はともかくとして、選挙に対する関心は相変わらず極めて高いと言っていいでしょう。
従って、サドル師が改めて選挙に参加する意志を表明した(http://www.nytimes.com/2004/10/03/international/middleeast/03sadr.html?hp=&oref=login&pagewanted=print&position=。10月4日アクセス)こともあり、スンニ派地区の沈静化さえできれば、選挙は成功裏に実施されると思われます。

(続く)

<読者M>
太田さんの論文で、参考になるときと、これはいかがなものか、と思うときがあります。
イラク情勢などの判断ですが、私はアメリカ軍がイラクに存在する限り、イラクに平和はやってこないとずっと前から考えています。
去年5月1日にブッシュ大統領が戦闘終了宣言した後にも、ゲリラ活動はずっと継続すると見ていましたし、どなたかがフセインが逮捕されたから、しばらくしたらゲリラ活動は沈静化するという見方に反して、ゲリラは絶対沈静化しないと見ていました。
これら、全て私の見たとおりに展開してきています。
今回の太田さんの見方も、アメリカの作戦が例えば、サマラでうまく行っているような書き方ですが、それは米軍の公式発表ではそうだ、というだけではないのでしょうか?
すでに米軍発表が昔の大本営発表と同じ精度になってきていることをなぜ考えないのでしょうか?
私はアメリカは来年早々にも、撤退かそれに準じる何らかの措置をとるようになるだろうと考えています。
それは選挙がうまく行って、だから駐留する必要がなくなったからではなく、ゲリラ活動の激しさのためもう駐留できなくなるからです。 米軍の士気は相当落ちているという情報がありますし、一日80回以上の武装勢力側からの攻撃があるということは、1回の攻撃で1??10人の死傷者が出ていると考えた方がよいでしょう。これは米軍発表の死傷者数も相当でたらめだということです。
もうちょっと裏の情報も見て、全体的に正しい情勢分析をしないとまずいと思いますよ。
私はまだまだ素人ですが、はっきり言って、太田さんの情勢分析よりずっと当たっています。
なぜ、ラムズフェルドなどが弱気の発言をしているか、ということを掘り下げて考えてみれば、それは情勢が芳しくなく米軍は「勝利」はできないと思っているからだと思わねばなりません。すると彼らが考えることはどうやってうまく「撤退」するか、です。
この視点から見てゆくべきでしょう。

<太田>
 イラク情勢が泥沼化しているという見方が確かにあるということは、私のコラムでも書いてあるのですが、泥沼化論を展開しようとされるのなら、「ニュースソース」を明らかにしつつ、事実を踏まえてやっていただく必要があります。
 順不同で疑問に思った点を申し上げます。
 「米軍発表の<米軍の>死傷者数もそうとうでたらめ」のソースは?このご時世に、しかも米国がこんな粉飾を行うのは不可能では?
 「裏の情報」とは何でしょうか。独自の情報源をお持ちだということですか。
 「去年5月1日にブッシュ大統領が戦闘終了宣言した後にも、ゲリラ活動はずっと継続すると見ていました」とおっしゃいますが、その後情勢は一旦沈静化したのであって、不穏分子がいくつかの都市に拠点を構えるようになったのは随分時間がたってからではなかったですか。
 それはともかく、かかる予想をされた根拠は何だったのですか。
 また、当時かかる見解を、同じハンドルネームでどこかに発表されましたか。当時かかる見解を本掲示板に投稿されなかったところを見ると、当時まだ本コラムを購読されていなかったのでしょうか。
 「フセインが逮捕された」当時についても、全く同じ疑問がわきます。

 前にも申し上げたことがあったかと思いますが、私の国際情勢判断(「分析」では狭すぎる)の基本は、米国の政策決定者がどう考えているかを、英米のメディア情報を取捨選択して見極めるというものです。ただし、イラクのように、英国も当事者である場合は、英国の政策決定者の考えをより尊重します。
 これは、彼らと情報ソース面で質量とも、全く太刀打ちできない以上、やむをえないことだと思っています。また、英国のエリートの国際情勢判断のセンスにはかねてより一目置いているところです。
 ですから、イラクについて言えば、ブレアが情勢判断を誤れば、たいていの場合私も誤る、ということです。
 いずれにせよ、政策決定者ではない私の役割は、「正しい」情勢判断をする・・つまりあたる情勢判断ができればそれにこしたことはありませんが、それよりも情勢判断の根拠をきちんと明らかにして、読者自身の情勢判断に役立ててもらう、ということだと私は考えています。

<読者M>
1回だけ返答いたします。

>  イラク情勢が泥沼化しているという見方が確かにあるということは、私のコラムでも書いてあるのですが、泥沼化論を展開しようとされるのなら、「ニュースソース」を明らかにしつつ、事実を踏まえてやっていただく必要があります。

■泥沼化は必至の観測は以下の記事が参考になります。
http://www.geocities.jp/voiceofarab/04090513.htm
http://www.geocities.jp/voiceofarab/04091211.htm

■5月1日戦闘終了宣言直後に例えば以下の記事があります。

http://www.counterpunch.org/lind05242003.html

– CNN
バグダッド(CNN) 米中央軍は29日、バグダッド北西の米英軍補給所周辺で、銃撃を受け米兵1人が死亡した、と発表した。
米中央軍によると、銃撃を受けた米兵は通常の補給ルートを使って移動中だったという。同軍は、保安上の理由から、銃撃を受けた場所をくわしくは明らかにしていない。米軍の犠牲者は今週だけで5人に上っている。
2003.05.30

(asahi.com)
米兵標的に攻撃相次ぐ バグダッド周辺、市民も巻き添え.
バグダッド周辺で、米軍への攻撃が激化している。この1週間で少なくとも10件が発生。イラク人が巻き添えになって犠牲になるケースも増えた。フセイン政権崩壊後、失業など日常生活に対するイラク市民の不満は高まる一方だ。人道支援施設や救急車への攻撃も起き、無差別なゲリラ攻撃に発展する恐れも出ている。 (06/22 15:40) 

等々いくらでもゲリラ活動が継続していることが言われています。(長くなるので3例のみ掲載)

>  「米軍発表の<米軍の>死傷者数もそうとうでたらめ」のソースは?このご時世に、しかも米国がこんな粉飾を行うのは不可能では?

■例えば・・・(日刊ベリタ記事)
東京11日=齋藤力二朗】10日付のデンマークで編集されているアラビア語ネット新聞「イラク・フォーオール」は、イラクのネット新聞「バスラ・ネット」によるとして、米軍が自軍のために雇った傭兵とみられる外国人の遺体を空中から川や無人の砂漠に投棄しているという衝撃的な事実を報じた。米軍が最近、イラクでの作戦に自国民以外の傭兵を雇っているとドイツ紙ユンゲベルトが報じたが、傭兵の実態はなぞに包まれていた。「バスラ・ネット」によると、米軍が投棄している傭兵の遺体は、米国籍付与の約束と引き換えに志願した米国内に住む外国人とみられ、少なくとも65体を地元住民が川から引き上げるなどして埋葬したという。米軍が隠蔽してきた傭兵の実態とその非人道的扱いを暴き出す内容だ。

■傭兵は米軍では、ない。・・・その通り。
しかし米軍側で米軍のように行動している人々です。無視していいはずはない。数に数えなくとも、米軍の戦力であった者たちであり、彼らが死んでいるということは
米軍側の損失であることは間違いない。

■また・・・
http://www.albasrah.net/maqalat/hiding_lossers.htm

などである事情が分かります。
この記事の内容に信憑性がある、なしは論じても水掛け論でしょう。

>「裏の情報」とは何でしょうか。独自の情報源をお持ちだということですか。

■裏の情報とは、まあいうなれば、米軍公式情報ではなく、つまり米国(英国も)の大手メディアから出る情報ではなく、というくらいの意味です。

>  「去年5月1日にブッシュ大統領が戦闘終了宣言した後にも、ゲリラ活動はずっと継続すると見ていました」とおっしゃいますが、その後情勢は一旦沈静化したのであって、不穏分子がいくつかの都市に拠点を構えるようになったのは随分時間がたってからではなかったですか。
> それはともかく、かかる予想をされた根拠は何だったのですか。

■この件では既に上記で例を示しました。

>  また、当時かかる見解を、同じハンドルネームでどこかに発表されましたか。当時かかる見解を本掲示板に投稿されなかったところを見ると、当時まだ本コラムを購読されていなかったのでしょうか。

■そうです。まだ購読しておりませんでした。

>  「フセインが逮捕された」当時についても、全く同じ疑問がわきます。

■例えば・・・
【カイロ18日時事】イラク駐留米軍が18日明らかにしたところでは、首都バグダッド中心部で17日夜、パトロール中の米軍部隊が待ち伏せ攻撃を受け、兵士1人が死亡、兵士1人とイラク人通訳1人が負傷した。
 14日にフセイン元大統領の拘束が発表されて以降、米軍に死者が出たのは初めて。5月1日にイラクでの主要な戦闘終結が宣言されて以来、敵対行為による米兵の死者は199人に達した。 (時事通信)

■また・・・

米兵2人とイラク人通訳1人死亡バグダッドで爆弾テロ
朝日新聞12月23日
イラク駐留米軍によると、バグダッド市内で22日、道路脇に仕掛けられた爆弾が爆発し、車列で移動中だった米兵2人とイラク人通訳1人が死亡し、少なくとも米兵2人が負傷した。
 イラク国内では今月に入って、道路脇に爆弾を仕掛けて移動中の米軍を狙った事件が多発している。ロイター通信によれば、今回の事件を含め、5月1日の大規模戦闘終結宣言以降の米兵の犠牲者は202人を数えている。 (12/23 00:04) 

■年越してから・・・
 【バグダッド=吉形祐司】7日夕、バグダッド西郊の米軍補給基地が迫撃砲による攻撃を受け、米兵1人が死亡、34人が負傷した。反米武装勢力による組織的で計画的な攻撃とみられる。(読売新聞)[1月8日22時43分更新]

等々・・・
つまり、相変わらずテロ攻撃は継続しています。

>  前にも申し上げたことがあったかと思いますが、私の国際情勢判断(「分析」では狭すぎる)の基本は、米国の政策決定者がどう考えているかを、英米のメディア情報を取捨選択して見極めるというものです。ただし、イラクのように、英国も当事者である場合は、英国の政策決定者の考えをより尊重します。

■英米のメディアだけでは、正しい情勢判断はできないのではないでしょうか?
これが私の観点です。

今後も注目させていただきます。

<太田>
 引用された「論文」を全部読ませて頂きました。
 実に面白かったです。ただし、米軍が死傷者数を隠蔽しているとの「論文」は説得力に欠けます。(ちなみに米軍は、戦闘以外によるイラクでの米軍の死者数も公表しています。)他の二「論文」については、アルカーイダ系不穏分子への言及がないのが玉に傷ですね。
 それにしても、このうちのhttp://www.counterpunch.org/lind05242003.html のLind「論文」は鋭いですね。
昨年5月の時点で、その後のイラク情勢を実に的確に予測していることに舌を巻きました。
 とりわけ私がうなったのは、If Saddam were to drive out the Americans, he would then face a vast Iraqi civil war, against the Shiites, the Kurds, and a wide array of Fourth Generation forces. My guess is that he would lose that war, with the Shiites the probable victors, and the outcome the Islamic Republic of Iraq. Or the result might just be endless chaos in a stateless Mesopotamia.という結論部分です。
 スンニ派が米軍に「勝利」した結果は、この二つのシナリオのどちらが現実のものとなり、結局自らの墓穴を掘ることになる、というのですから、戦闘を継続するアホらしさに彼らが早晩気付き、アルカーイダ系と手を切る可能性が大いにある、と改めて私の情勢判断の正しさが裏付けられた思いがしました。

 蛇足ながら、私が英米のメディアだけに基本的によっている(日本及び日本周辺諸国情報はそれ以外にもよっている)のは、ほぼ全世界を(その歴史を含め)カバーするには、それ以外のメディアに目を通す時間がないからです。私はこれがSecond best の方法であると思っています。