辻元清美議員との対談 公開日:2012年1月20日 吉田ドクトリン 太田述正コラム#2955(2008.12.5) <辻元清美議員との対談>(2012.1.20公開。一部イニシャル化した) (本篇は公開しません。転載を厳禁します。) 1 始めに 11月20日に辻元清美議員と行った対談 […] 続きを読む
『吉田茂の自問』を読む(その6) 公開日:2011年2月28日 吉田ドクトリン 太田述正コラム#4378(2010.11.15) <『吉田茂の自問』を読む(その6)>(2011.2.28公開) (4)佐藤尚武(1882~1971年。フランス大使・外相・ソ連大使・戦後衆議院議長) 「この書きもの< […] 続きを読む
『吉田茂の自問』を読む(その5) 公開日:2011年2月27日 吉田ドクトリン 太田述正コラム#4376(2010.11.14) <『吉田茂の自問』を読む(その5)>(2011.2.27公開) (3)重光葵(コラム#4348、4350、4366) 「松岡の考えの基礎は間違っていたかも知れないが、 […] 続きを読む
『吉田茂の自問』を読む(その4) 公開日:2011年2月26日 吉田ドクトリン 太田述正コラム#4374(2010.11.13) <『吉田茂の自問』を読む(その4)>(2011.2.26公開) 「日本が<ロンドン>軍縮会議から脱退した・・・。・・・ 太平洋戦争の一番の起源はここにある。アメリカは […] 続きを読む
『吉田茂の自問』を読む(その3) 公開日:2011年2月25日 吉田ドクトリン 太田述正コラム#4372(2010.11.12) <『吉田茂の自問』を読む(その3)>(2011.2.25公開) 「米英・・・両国の当局者も国民<は、>・・・日独伊というような国は、やはりワンス・アンド・フォア・オール […] 続きを読む
『吉田茂の自問』を読む(その2) 公開日:2011年2月24日 吉田ドクトリン 太田述正コラム#4370(2010.11.11) <『吉田茂の自問』を読む(その2)>(2011.2.24公開) 「戦後に発表された米英側の文献からすれば、米国は、真珠湾攻撃等のことがなくても、いずれは欧州戦争に参加し […] 続きを読む
『吉田茂の自問』を読む(その1) 公開日:2011年2月21日 吉田ドクトリン 太田述正コラム#4368(2010.11.10) <『吉田茂の自問』を読む(その1)>(2011.2.21公開) 1 始めに 読者のTAさん提供の小倉和夫『吉田茂の自問 敗戦、そして報告書「日本外交の過誤」』(藤原書店 […] 続きを読む
早稲田大学での講義(続き) 公開日:2010年2月7日 吉田ドクトリン この点に関する限り、日本は米国の保護国どころか、終戦当時から引き続き米国の占領下にあると言えるでしょう。 次に、やはり米国の他の同盟国ではまず見られないことですが、日本は在日米軍駐留経費を(半分も)負担させられていま […] 続きを読む
早稲田大学での講義 公開日:2010年2月7日 吉田ドクトリン 太田述正コラム#3754(2010.1.7) <早稲田大学での講義>(2010.2.7公開) 本日1630~1800、早稲田大学政経学部の3、4年生を対象とした授業の一環として、私が1コマ受け持ち、講義をしてきました。 […] 続きを読む
右脳インタビュー 公開日:2009年3月1日 吉田ドクトリン 太田述正コラム#3125(2009.3.1) <右脳インタビュー> (これは、私が片岡秀太郎氏に受けたインタビューが同氏のサイト http://chizai-tank.com に掲載されたので、転載したものです。 脚 […] 続きを読む
19世紀末以降の日本史をどう見るか 公開日:2008年11月8日 吉田ドクトリン 太田述正コラム#2900(2008.11.8) <19世紀末以降の日本史をどう見るか> 1 始めに これまで、19世紀末以降の日本史の個別イッシューはかなりコラムで取り上げて来たものの、その全体像を描いたことがありませ […] 続きを読む
先の大戦正戦論から脱する米国?(続々)(その2) 公開日:2008年5月26日 原子爆弾吉田ドクトリン 太田述正コラム#2500(2008.4.21) <先の大戦正戦論から脱する米国?(続々)(その2)>(2008.5.26公開) 5 感想 米国人のローゼンバウムもトーマスも、そしてイギリス人のヘースティングスも、ことご […] 続きを読む
先の大戦正戦論から脱する米国?(続々)(その1) 公開日:2008年5月25日 原子爆弾吉田ドクトリン 太田述正コラム#2498(2008.4.20) <先の大戦正戦論から脱する米国?(続々)(その1)>(2008.5.25公開) 1 始めに 4月4日に(コラム#2467で)「日本との戦争について、米英における既成観念を […] 続きを読む
先の大戦正戦論から脱する米国?(続)(その3) 公開日:2008年5月7日 吉田ドクトリン 太田述正コラム#2467(2008.4.4) <先の大戦正戦論から脱する米国?(続)(その3)>(2008.5.7公開) 脚注:リプケス(Jeff Lipkes)の’Rehearsals: The Germa […] 続きを読む
先の大戦正戦論から脱する米国?(続)(その2) 公開日:2008年5月6日 吉田ドクトリン 太田述正コラム#2465(2008.4.3) <先の大戦正戦論から脱する米国?(続)(その2)>(2008.5.6公開) ワシントンポストの2度目の書評は、1度目の書評のスタンスを維持しつつ、日本に対して一層厳しいもの […] 続きを読む
先の大戦正戦論から脱する米国?(続)(その1) 公開日:2008年5月5日 吉田ドクトリン 太田述正コラム#2463(2008.4.2) <先の大戦正戦論から脱する米国?(続)(その1)>(2008.5.5公開) 1 始めに コラム#2410と2412でベーカーの本を紹介し、ロサンゼルスタイムスの絶賛と言って […] 続きを読む
先の大戦正戦論から脱する米国?(続x3) 公開日:2008年4月25日 吉田ドクトリン 太田述正コラム#2507(2008.4.25) <先の大戦正戦論から脱する米国?(続x3)> 1 先の大戦に係るライト師のまっとうな説教 オバマの所属している教会の前主宰者のライト(Wright)師は、次のような説教を […] 続きを読む
先の大戦正戦論から脱する米国?(その2) 公開日:2008年4月15日 吉田ドクトリン 太田述正コラム#2412(2008.3.9) <先の大戦正戦論から脱する米国?(その2)>(2008.4.15公開) 日本は早くも1934年の時点でローズベルトが意図的に日本を挑発していることに苦情を申し立てていた。1 […] 続きを読む
先の大戦正戦論から脱する米国?(その1) 公開日:2008年4月14日 吉田ドクトリン 太田述正コラム#2410(2008.3.8) <先の大戦正戦論から脱する米国?(その1)>(2008.4.14公開) 1 始めに 米国のベストセラー作家のベーカー(Nicholson Baker。1957年~)の第二次 […] 続きを読む
朝鮮戦争をめぐって(その6) 公開日:2008年4月11日 吉田ドクトリン韓国歴史 太田述正コラム#2100(2007.10.2) <朝鮮戦争をめぐって(その6)>(2008.4.11公開) 孫文が中華民国大総統の座を譲った袁世凱(Yuan Shikai。1859~1916年)に宋教仁を殺され、反袁蹶 […] 続きを読む
朝鮮戦争をめぐって(その5) 公開日:2008年4月10日 吉田ドクトリン韓国歴史 太田述正コラム#2098(2007.10.1) <朝鮮戦争をめぐって(その5)>(2008.4.10公開) このシリーズは、朝鮮戦争についてのシリーズなので、東アジア25年戦争全体をきちんと取り上げるのは別の機会に譲る […] 続きを読む
朝鮮戦争をめぐって(その4) 公開日:2008年3月31日 吉田ドクトリン韓国歴史 太田述正コラム#2096(2007.9.30) <朝鮮戦争をめぐって(その4)>(2008.3.31公開) 最終章たる朝鮮戦争から始めることにしましょう。 現在の日本人の多くは、占領史観の影響を受けた、戦前と戦後が断 […] 続きを読む
朝鮮戦争をめぐって(その3) 公開日:2008年3月30日 吉田ドクトリン韓国歴史 太田述正コラム#2094(2007.9.29) <朝鮮戦争をめぐって(その3)>(2008.3.30公開) 3 朝鮮戦争とは何だったのか (1)米国の東アジア戦略大転換の契機 朝鮮戦争は、日本の再軍備を認めない戦略か […] 続きを読む
朝鮮戦争をめぐって(その2) 公開日:2008年3月29日 吉田ドクトリン韓国歴史 太田述正コラム#2092(2007.9.28) <朝鮮戦争をめぐって(その2)>(2008.3.29公開)) (3)ニューヨークタイムス2 「ハルバースタム氏は、ヘンリー・R・ルース(Henry R. Luce)を始 […] 続きを読む
朝鮮戦争をめぐって(その1) 公開日:2008年3月28日 吉田ドクトリン韓国歴史 太田述正コラム#2089(2007.9.27) <朝鮮戦争をめぐって(その1)>(2008.3.28公開) 1 始めに 今年4月に交通事故で亡くなったハルバースタム(David Halberstam。1934~2007 […] 続きを読む
アイク・マーシャル・マッカーサー 公開日:2007年12月20日 人物研究吉田ドクトリン 太田述正コラム#1830(2007.6.23) <アイク・マーシャル・マッカーサー>(2007.12.20公開) 1 始めに 本格的なマッカーサー(Douglas MacArthur。1880~1964年) 論は他日を […] 続きを読む
吉田茂小論 公開日:2007年9月16日 人物評価吉田ドクトリン 太田述正コラム#1651(2007.2.7) <吉田茂小論>(2007.9.16公開) 1 始めに 防大1期生の平間洋一氏が防大教授兼図書館長の時に私は同大学校の総務部長を勤めていたので、掲示板上で同氏の吉田茂邸訪問記 […] 続きを読む
吉田ドクトリンいまだ健在 公開日:2007年6月18日 吉田ドクトリン 太田述正コラム#1819(2007.6.18) <いまだに健在な吉田ドクトリン> (本篇は、情報屋台への出稿を兼ねており、即時公開します。) 1 始めに まずは、次の一連の引用をご覧ください。 A:先月、・・朝日新 […] 続きを読む
韓国のマッカーサー像騒動に思う 公開日:2005年9月19日 吉田ドクトリン 太田述正コラム#871(2005.9.19) <韓国のマッカーサー像騒動に思う> 1 ことの顛末 韓国で、仁川(Incheon)の公園に建っているマッカーサー(Douglas MacArthur。1880?1964年) […] 続きを読む
吉田ドクトリンの呪縛(その3) 公開日:2004年10月7日 吉田ドクトリン 太田述正コラム#0495(2004.10.7)<吉田ドクトリンの呪縛(その3)> エ 日本及び日本人の「再生」 言うまでもなく、米国政府と台湾政府の要請や韓国の声なき声は、いずれもそれぞれの国の国益に即しているわけで […] 続きを読む
吉田ドクトリンの呪縛(その2) 公開日:2004年10月6日 吉田ドクトリン 太田述正コラム#0494(2004.10.6)<吉田ドクトリンの呪縛(その2)> (本篇は、コラム#491の続きです。なお、前回のコラム(#493)をめぐっての一読者とのやりとりがホームページ(http://www.o […] 続きを読む
吉田ドクトリンの呪縛(その1) 公開日:2004年10月3日 吉田ドクトリン 太田述正コラム#0491(2004.10.3)<吉田ドクトリンの呪縛(その1)> 1 始めに 小泉首相は9月1日に突然、沖縄の負担軽減のためと称し、沖縄の米軍基地の本土移転を唱えました。(http://www.asah […] 続きを読む
集団的自衛権「論争」 公開日:2004年6月27日 吉田ドクトリン 太田述正コラム#0393(2004.6.27)<集団的自衛権「論争」> 1 始めに 27日のNHKの党首討論番組(私は見ていない)の模様を報道した朝日新聞のサイト(http://www.asahi.com/politi […] 続きを読む
吉田ドクトリンの起源(その2) 公開日:2004年2月5日 吉田ドクトリン 太田述正コラム#0250(2004.2.5)<吉田ドクトリンの起源(その2)> (前回のコラム#249の冒頭の段落がおかしな文章になっていたのを直して、ホームページのコラム欄に再掲載してあります。) (3)日本国憲法 […] 続きを読む
吉田ドクトリンの起源(その1) 公開日:2004年2月4日 吉田ドクトリン 太田述正コラム#0249(2004.2.4)<吉田ドクトリンの起源(その1)> 1 吉田茂の怒り (1)米国の誤った東アジア政策 先の大戦は「第一次世界大戦の結果世界に覇権国が存在しなくなった・・<すなわち、>英帝国は疲 […] 続きを読む
マクナマラの悔恨(その3) 公開日:2003年12月21日 吉田ドクトリン映画評論 太田述正コラム#0213(2003.12.21)<マクナマラの悔恨(その3)> (「その2」は2003.6.6付けだったので、随分時間がたってしまいました。恐縮ですが、私のホームページ(http://www.ohtan […] 続きを読む
マクナマラの悔恨(その2) 公開日:2003年6月6日 吉田ドクトリン映画評論 太田述正コラム#0123(2003.6.6)<マクナマラの悔恨(その2)> 実はマクナマラは1995年に本を出しており、その中でベトナム戦争の時に国防長官として犯した過ちを回顧、反省し、当時既に大いに話題になったもので […] 続きを読む
マクナマラの悔恨(その1) 公開日:2003年5月30日 吉田ドクトリン映画評論 太田述正コラム#0122(2003.5.30)<マクナマラの悔恨(その1)> 1974年6月、25歳だった私は政府から派遣されてスタンフォード大学に留学しました。もう30年近くも前の話です。 英語ならぬフランス語の集中 […] 続きを読む