タイトル | : Re: 情報屋台(3) |
記事No | : 256 |
投稿日 | : 2007/04/03(Tue) 09:01 |
投稿者 | : 太田述正 |
<高成田>
やみ鍋軒の主人です。私がF・フクヤマ氏の論考をなぜ面白いと思ったかというと、米国の外交戦略に影響力を持っている人物が、米国が看過できないものとして、日本のナショナリズムを意識しはじめたからです。
これまでアーミテージ氏のような知日派が意識的に避けてきた部分に、知日派でないからこそ気付いて、なんだ話が違うじゃないかと言い始めた、というところでしょう。そのきっかけは、彼自身が体験した靖国神社の付属施設である遊就館であり、慰安婦をめぐる安倍発言だったということです。
日米同盟を機軸に中国や北朝鮮と対峙するという米国の基本戦略にとって、日本のこうしたナショナリズムが突出してくることは、不安要因になるというわけで、これが米国の主流になるとは思えませんが、不協和音として感じ始めているのは事実だと思います。
「靖国の本質はA級戦犯の合祀ではなく、太平洋戦争を正当化する遊就館のイデオロギーだ」といった見方は、民主党系の知日派では、常識のようになっていますから、民主党が次の政権に就けば、日本警戒論がもう少し強まるかもしれません。
日本の保守の主流は親米なのだから、フクヤマ氏の反応は過剰反応かもしれませんが、戦勝国であるがゆえに戦前と戦後が断続していない米国にとっては、戦前の日本は間違っていた、という歴史認識は共有したいところでしょう。
日本の保守系の言論を見れば、東京裁判は勝者の勝手な裁判だし、南京虐殺は中国が騒ぎ立てるほどのものではなかったし、性奴隷のような慰安婦もいなかった、という主張があふれています。その主張の正しさの度合いはさておいて、日本の首相がこれらをそのまま米国に主張したのちに、日米同盟の重要性をいくら叫んでも、米国は聞く耳を持たないでしょう。
安倍首相にそんな意図は毛頭ないと思いますが、慰安婦問題で思わず、「親米保守」の微妙な均衡を超えて、危険領域に踏み込んでしまった、ということではないでしょうか。繰り返しますが、知日派ではないフクヤマ氏が言い出したことに意味があると思います。
ところで、フクヤマ氏には何度かインタビューをしたりしているのですが、出自については「日系3世」という意識しかありませんでした。しかし、朝日新聞の人物紹介欄に載っていた記事を読んだら、母親は日本人とあったので、驚きました。その記事を下記に書き写しておきます。
フランシス・フクヤマ氏 「アメリカの終わり」を出版した米政治学者(06年12月20日付朝日新聞)
自らを「背教者」と呼ぶ。米ブッシュ政権を支える新保守主義者(ネオコン)の一人だった。だが、今年刊行した「アメリカの終わり」(邦題)でイラク政策は誤りだったと批判し、ネオコンに別れを告げた。転向者と言われ、絶交状態になった仲間もいるが、「しがらみを断ち切ってでも発言すべき時がある。米国はあまりに傲慢だった」。
ニューヨークで育った。父は日系2世の宗教学者、日本人の母は京都大教授の娘。父方の祖父は戦前、日系人として強制収容されている。家庭内の会話は英語だった。両親は、息子に聞かれたくない時だけ日本語を話した。
ハーバード大学院修了後、国務省に入って対中東・欧州の外交政策を担当。01年からジョンズ・ホプキンス大学院で国際政治経済を教える。
柔らかな物腰は日本人的だが、日本語は今も話せない。「日系米国人の研究者は日本だけの専門家になりがち。僕は日本語ができなかったからこそ、多様な問題にかかわることができた」
いとこの河田悌一・関西大学長に招かれ、来春からは関西大の客員教授にもなる。アニメ好きの16歳の長男は喜んで、家庭教師に日本語を習い始めた。
生涯で訪れた最も美しい場所は、京都の法然院だという。日本の陶器や刀の収集が趣味だった亡き両親が、この寺に眠っている。 <太田述正>
上記投稿を読まずに、以下を書いたことを最初にお断りしておきます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
昨夜、寝る直前にこの新しいトピックを目にし、大急ぎでコメントを書いて投稿したので、補足しておきます。 フクヤマのコラムの最大の問題は、次の個所にあります。
Watanabe, a professor at Sophia University, was a collaborator of Shintaro Ishihara, the nationalist politician who wrote The Japan that Can Say No and is now the governor of Tokyo. I heard him explain in front of large public audiences how the people of Manchuria had tears in their eyes when the occupying Kwantung Army left China, so grateful were they to Japan. According to Watanabe, the Pacific War boiled down to race, as the US was determined to keep a non-white people down. Watanabe is thus the equivalent of a Holocaust denier.
つまり、フクヤマは、渡部を「ホロコースト否定論者に相当する」と評しているわけですが、「ホロコースト否定論者(Holocaust denier)」という言葉が欧米でもつ意味をご存じの方は、これがおよそ人間に対して投げかけられる最大の悪罵であることはご存じでしょう。 フクヤマが紹介している渡部の言は、もう10年以上日本の論壇をフォローしていない私としては、は本当に渡部がそう言ったのか知りませんが、仮に渡部がそう言ったとしても、第一に、「太平洋戦争」の米人種差別原因論は、昭和天皇の考えでもあります。
「<先の大戦>の原因を尋ねれば、遠く第一次世界大戦后の平和条約の内容に伏在してゐる。日本の主張した人種平等案は列国の承認する処とならず、黄白の差別感は依然残存し加州移民拒否の如きは日本国民を憤慨させるに充分なものである。・・かかる国民的憤慨を背景として一度、軍が立ち上がった時に、之を抑へることは容易な業ではない。」(昭和天皇の1946年の発言。「昭和天皇独白録」文春文庫24〜25頁)
第二に、満州国の(日本人以外の)住民の中で、敗戦で日本人が引き揚げる時に涙した人々がいても全く不思議ではありません。 これに関連し、今上天皇は、日中戦争の原因が中国側にあると考えているとしか思えないことを付言しておきます(太田述正コラム#214、215)。
しかも、フクヤマは、渡部を石原慎太郎の共謀者(coollaborator)であると言っているのですから、石原都知事までホロコースト否定者だと言っているに等しいわけです。 これらは許しがたい暴言であって、渡部の数多くのファンのみならず、(私自身は石原に票を投じたことは一度もないけれど、)石原を都知事に選んできた東京都民、ひいては日本国民に対する侮辱です。 それだけでこのコラムはゴミ箱に投じられるべきでしょう。
恐らく、フクヤマは、米国の学校の教科書に書いてある、「太平洋戦争」についての歴史観をうのみにしているのであって、この点に関しては全く思考停止状態にあるのでしょう。 私が、フクヤマが「過剰適応」であると言ったことがご理解いただけたでしょうか。 ここで遅ればせながら、典拠をつけておきましょう。 フクヤマが昨年の新著 ’After the Neocons’ で従来のネオコン路線と決別、政権批判に転じた時に投げかけられた批判は、同時に「歴史の終わり」に対する批判になっていて参考になります。 参照: http://books.guardian.co.uk/reviews/politicsphilosophyandsociety/0,,1744735,00.html http://www.slate.com/id/2137134/
また、フクヤマの両親や日本語については、東京新聞2007.3.20付電子版( http://72.14.235.104/search?q=cache:zIhnmtgWYYUJ:www.tokyo-np.co.jp/00/kakushin/20070320/mng_____kakushin000.shtml+%E3%83%95%E3%82%AF%E3%83%A4%E3%83%9E%EF%BC%9B%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E&hl=ja&ct=clnk&cd=3&lr=lang_ja )に記されています。
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