太田 述正 Web Forum
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タイトル 昨日の続き
投稿日: 2007/06/16(Sat) 06:42
投稿者バグってハニー

> JSF氏:航空自衛隊とイギリス空軍が戦闘を行った場合、航空自衛隊の圧勝に終わります。

もう一つの可能性は自衛隊の不戦敗です。普通、無意識のうちに英軍が日本に攻め込むというシナリオを想定しますが、当然、日本が英国に攻め込むというシナリオもあります。JSF氏も認めるとおり、自衛隊には外征力がないので、そもそも戦闘が起こらない→自衛隊の不戦敗になります。

日本が打って出る必要性に駆られることは今のところ想像しにくいですが、ありえないことではありません。今、在韓米軍はどんどん縮小していますが、米軍が完全に撤退した後に、南北朝鮮で戦端が切り開かれるといった可能性があると思います。その際、米国が何らかの政治的判断により参戦しないと判断した場合、日本は窮地に追い込まれます。たとえ、日本本土が直接被害を受けることがなくても、韓国には何万人とも言う日本人駐在員・観光客がおり、外征力を欠いた今の自衛隊の戦力ではこれを見殺しにするしかないからです。

太田氏は著書の中で、自衛隊の戦力は「蜃気楼のようなもので」「実態は殆ど何もな」く「あまりにも弱体」などと刺激的な言葉を繰り返していますが、これは日本が他国の侵略に簡単に屈服すると言う意味ではありません。太田氏の見解はそれとは正反対でしょう。ソ連の脅威が喧伝されていたときであっても、自衛隊・米軍の方があまりにも優勢であったので、手加減しながら机上演習を続けていたことを暴露したのは太田氏自身です。
http://blog.mag2.com/m/log/0000101909/?userid=1019090&STYPE=2&KEY=%97%A4%8F%E3%8E%A9%89q%91%E0%82%CC%8A%F7%8F%E3%89%89%8FK

兵員装甲車の数が少ない、「肝心の空母や揚陸強襲艦といった攻撃用の艦艇を全く持っていない」、といった文言から自衛隊の防御力ではなく、攻撃力・外征能力が著しく劣っていることを太田氏が問題視していることが推察されます。攻撃ヘリや戦闘機の数を俎上に載せたのもこれらを攻撃力の尺度として用いたかったからでしょう。

例えば、英海軍にはヘリ揚陸艦オーシャンというのがあります。
http://en.wikipedia.org/wiki/HMS_Ocean_%28L12%29
英海軍はこれに最大18機のヘリを搭載して、実際にイラク戦争で使用しています。これは、太田氏が指摘した通り、自衛隊が持っていない兵器の一つです。

ガゼルはそれ自身は対戦車攻撃力を有していなくても、英陸軍がガゼルを対戦車攻撃の要としてカウントしていることに変わりはありません。
http://www.army.mod.uk/equipment/ac/gazelle.htm
というのは、ガゼルはリンクスなどの攻撃ヘリと対にして対戦車戦に投入されるからです。
http://www.army.mod.uk/aac/units/3_regiment_aac/662_squadron/index.htm
(中ほどに、リンクス6機、ガゼル6機で部隊が編成されたことが書かれています。)
英陸軍のガゼルが対戦車ヘリではなかったとしても、太田氏が同機を「対戦車機動攻撃力」にカウントしたことは的外れではありません。形には表れずとも、日本にはなくて英国にあるものとして、このような部隊運用のノウハウも挙げられます。

そして、日本に決定的に欠けているのは実績です。英国はこのような対戦車ヘリ部隊を湾岸戦争やイラク戦争に投入して実際に多大な戦果を上げています。すなわち、これらの兵器、部隊はすでに実戦でテスト済みです。

対戦車攻撃力は攻撃ヘリの数比較だけでは決まりません。対戦車部隊を敵地まで輸送し展開する能力、戦闘を継続するための補給、部隊を運用するノウハウ...。これは単なる後付の解釈変更ですが、太田氏がいう「対戦車機動攻撃力」の機動とは対戦車へリ部隊を機動的に運用する能力と定義すれば、太田氏がこのような議論を尽くしておらず、それが同書の目的ではないとしても、日本の「対戦車機動攻撃力」は英国よりも劣っているという太田氏の指摘は、とりもなおさず真実を突いていることに変わりはありません。

自衛隊の装備は防御型で攻撃力・外征力を著しく欠いていたり、自衛隊が実戦に投入されたことがないのは自衛隊の責任ではありません。それは、憲法の制約の下、政治家が行った数々の決断の帰結にしか過ぎません。太田氏の論考はそのような政治問題には触れずに、自衛隊の装備に着目してボトムアップ式に日本の安全保障における潜在的な問題点、すなわち、防御は固いが打って出ることができないという問題点を軍事にはほとんど関心がない一般大衆に対して喚起しようとした点がユニークであったと私は思います。

さて、6年前に太田氏が訴えた問題意識はそもそも議論する価値もなく、杞憂に終わった問題ではありません。9/11、それに引き続いてアフガン、イラク戦争が起こり、同盟国からの要請を受けて、日本にはこの外征力に欠く自衛隊でどのような貢献ができるのかという難問が突きつけられました。6年の間に日本は英国に近づくための歩みをたとえ小さかろうとも確実に続けてきました。現在では、法の改正により自衛隊の主任務に海外派遣が加えられ、自衛隊はどのような任務・役割を負うべきかが政治家によって議論されています。今後はその結論に従って、自衛隊にどのような装備が必要であるかという議論に移っていくことでしょう。

太田氏の引用が厳密さを欠いていたことは確かですが、自衛隊の装備を通して日本の安全保障の問題点を訴えようとした太田氏の著書の意義は全体として損なわれたわけではないと思います。同書が9/11の前に書かれたことに思いをいたせば、自衛隊の装備の問題点を指摘した同書は慧眼にあふれていたともいえます。おそらく、太田氏にも全く予期できなかったのは6年も経って挑発的な文言に反応したのが軍事に関心のない一般大衆という想定読者ではなく軍事愛好家であったことではないでしょうか。


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